1-A グループ


合同研究会「イスラームと市民社会」

report by 中西久枝

倉敷研究会の報告

1997年12月12-13日

イスラーム地域研究 合同シンポジウム(1、2、5班)
『いま、なぜ市民社会なのか---現代イスラームにおける民主化の再検討』

[日時] 12月12日(金)〜13日(土)
[場所] 岡山県倉敷市川西町11-30「国際学術交流センター」

第1日目(午後6時-午後8時)

Abdeljelil TEMIMI(オスマン・アラブ研究所長、チュニス大学教授)の講演
「アラブ世界における歴史学研究の発展とその諸問題」

要約:タミーミー教授の講演は、20世紀初頭から今日に至るアラブ世界における歴 史研究のいわばヒストリオグラフィーであった。そのときどきの思想的潮流、研究者 の思想や視点、方法論が、どのようにアラブ世界での歴史研究の形成を促してきたか を論じた。内容的には、オスマン学とモリスコ研究という二つの学問的柱が、特に1 980年代以降発展してきた経緯について言及された。ワクフやファトワなどをはじ めとする文書研究によって、歴史研究の領域が拡大し、新しい研究を開拓したこと、 民族主義と反民族主義の流れが、研究者の交流を阻害したことにかんがみ、学術的な 研究は、宗派やイデオロギーの対立などを越えたところで、学問的な対話として進ん でいくことが重要であると、強調された。タミーミー研究所についてのスライドも上 映され、研究所が主催してきた国際学会や専門雑誌Arab Historical Review for Oto man Studiesの刊行の重要性についても紹介された。

第2日目

 シンポジウムは、パネル形式で行われ、午前中に、小杉泰、宮治一雄、水野広祐、 私市正年各氏の4人のパネリストによる報告、それぞれの報告のあとの質疑応 答という形で行われた。

 小杉氏の報告では、「市民社会論をめぐる基本的問題」と題し、市民社会の概念に 関する諸問題の提起が行われた。本来、西欧の術語である「市民社会」、及びその中 に内包している「民主主義」「民主化」といった用語とそれらの概念を、比較政治学 と中東地域研究の問題として論じる際におこる、さまざまな問題について提起された 。具体的には、価値観や分析基準としてそれらの用語を使う場合におこる問題、定義 の曖昧さからくる問題などが論じられ、概念の拡張を行うことによって、普遍的な分 析概念として、イスラーム社会における「市民社会」と「民主主義」を論じている可 能性が提示された。中東での適用としては、歴史の時間性を超越した「ウンマ」論と してイスラーム民主主義、イスラーム的市民社会論といった議論を展開することが可 能であるという提起がされた点が先端的であった。

 宮治氏の報告は、「マグレブ諸国における民主化と社会運動」というテーマで、ア ルジェリア、チュニジア、モロッコの3ヶ国について、独立後の政治体制と動員理念 、国家と社会の関係のありかたの変化の要因と社会運動、社会開発とNGOの運動の諸 形態と変遷についてであった。NGOの活動が、国家と社会のあいだのダイナミックな 関係のなかで論じられ、NGOの市民運動が、国家概念そのものの変遷とそれに対する かけひきという形でおこってきたことの重要性が指摘された点が注目される。また、 アルジェリアでおこっているベルベル運動、女性運動、人権擁護運動についても、新 しい社会運動とイスラム運動のおこりとしての重要性についても言及された。

 水野氏は、「インドネシアにおける市民社会運動」について、イスラム世界での事 例研究として、インドネシアのムスリム知識人同盟の動向について報告された。19 85年以降のインドネシア政府によるイスラム勢力をとりこむ政策という変化があっ て以来、国家と社会の関係のありかたに変化があらわれた。具体的には、伝統的な農 村と都市の対抗関係、つまり、農村はウラマーを基盤し、都市はムハンマディーヤを 基盤とするという対抗関係が、農村出身の知識人の都市での大学進学をはじめとする 新たな動きによって崩れたことという。こうした変化のなかで注目される動きとして 、イスラム知識人同盟によって推進されているイスラム銀行があり、国家と個人の あいだに介在する形で活動している点が画期的であると、水野氏は指摘している。イ スラム銀行は、国家が財政投融資などの金融に対する介入を停止して以来、国家が果 たしていない機能を代替する運動として注目に値するが、こうした社会組織の国家と の関わり方には、多様性が見られるとのことである。

 私市氏の報告は、「伝統的イスラム社会からみた市民社会論の意味」というテーマ で、まず、1990年代以降、市民社会論が世界的な潮流としておこっている学術的 な背景に鑑み、日本でのイスラーム地域研究のプロジェクトのなかでも今後研究テー マとして位置づける必要性を強調された。さらに、最近15年間のあいだに主に西欧 で議論されてきた「市民社会」の定義の検証を行い、その上で、イスラム社会におけ る市民社会と民主主義の問題を研究する際には期能面を重視した「市民社会の概念に 共通する枠組み」が必要であると、述べた。イスラム社会における市民社会を論じる 上では、伝統的社会としてのイスラム社会に歴史的に存在してきた先例の蓄積に目を 向けることが必要であり、実際にイスラム社会には、市民社会的な組織が存在してい た例を提示された。また、「市民社会」に代る用語として、「民衆社会」という用語 を想定した場合、国家から自立し、ある程度のオートノミーをもった諸組織がイスラ ム地域には存在していたと指摘され、そうした民衆組織が国家と個人との流動的な関 係の上に成立してきたと、述べた。

 コメンテーターによるコメントと討論は、テーマ、視点、言及する地域などの面で 、多岐多彩にわたったが、主に以下の4点に集約されると思われる。1)イスラーム 地域研究のプロジェクトとして、「市民社会論」を論じる必要性の問題、2)報告者 によるイスラム地域に存在したとされる「市民社会」の性格や実態は、どこまでが、 イスラム地域に固有なものと考えていいかという問題、3)国家と個人の関係の歴史 的な変化が市民社会運動の機能をどのように流動的に変えてきたかという問題、4) 市民社会運動は民主主義を促すかという議論について、及び、民主主義と民主化をど う区別すべきかという問題、の4点である。イスラム地域の市民社会論に対して、フ ランス、タイ、マレーシア、中国などの他の地域の事例との比較においての考察も、 コメントや討論のなかで行われ、地域研究と比較政治学という立場からも議論が展開 された点が、有意義であったと思われる。

シンポジウムの写真をご覧ください。