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ハリ・ラヤ・プアサ(断食月明けの祝祭,いわゆるイドール・フィトル)直前のマレーシアの首都クアラ・ルンプールを中心に,東南アジアにおけるイスラーム関係の文献調査を実施した。当初の計画では,インドネシアも調査対象に含まれていたのだが,報告者自身の勤務の都合上,割愛せざるを得なかった。したがって,以下は,マレーシアに焦点を絞った調査報告である。 なお,マレーシアのマレー語マニュスクリプトに関して,かつて報告者は,東南アジア史学会で報告を行ったことがある(東南アジア史学会,第55回研究大会,1996年6月2日,早稲田大学)。しかし,その報告は,主に報告者のマレーシア留学中(平成2年度文部省アジア諸国等派遣留学生,1990年12月〜1993年1月)の調査に基づいてり,当時移転のため閉鎖されていたマレーシア国立図書館については,十分に触れることができなかった。今回の報告では,同図書館の研究・出版活動についても報告してみたい。
近年出版された新刊書を中心に,イスラーム関係文献の収集を行った。今回マレーシアで収集されたイスラーム関係文献は,次の3つのカテゴリーに類別できる。
上記のそれぞれのカテゴリーに関しては,近年の新たな傾向と思われる点を簡単に指摘しておきたい。
1.2 出版事情
1990年代の顕著な出版傾向として指摘されるのは,人文・社会科学関係の学術書の刊行が減少し,ビジネスあるいはコンピュータ関係の書籍が増加したことである。1980年代後半頃には,一般書店にもそうした学術書が散見されたが,現在は学習参考書,語学入門書,ビジネス及びコンピュータ関係の書籍が一般書店の書棚を独占している。
(1)イスラーム関係の書籍一般 これには,イスラーム関係の古典的文献とイスラームに関する概説書,啓蒙書,百科事典が含まれる。そのうち,概説書・啓蒙書の増加は,90年代の急な経済発展及びそれにともなうマレーシア社会の変貌と対応していると思われる。
(2)マレー文化関係の書籍 新たな傾向として注目されるのは,次の2つの傾向である。すなわち,第1点は,東南アジアのイスラーム圏を「マレー世界」として把握し,その発展過程を論じる書籍の刊行である。イスラームがマレー文化の中核をなすことは従来より指摘されてきた。しかし,イスラームの展開におけるマレー人の役割を強調した書籍の刊行は,近年の顕著な傾向である。なお,こうした書籍では,ジャワ人やブギス人,東南アジア大陸部に居住するチャム人もマレー系 住民と見なされている。第2点は,マレー文化に関するエンサイクロペディアの刊行である。『エンサイクロペディア・マレーシアナ』(1994年,全16巻,アンザガイン出版,シャー・アラム)の刊行に続き,『エンサイクロペディア・ドゥニヤ・ムラユ(マレ ー世界百科事典)』(1997年,全10巻)が同出版社から刊行されている。また,現在マレーの歴史と文化に関するエンサイクロペディアが,デワン・バハサ・ダン・プスタカから刊行中である。
(3)マレー語マニュスクリプト及びその関連書籍 ます注目されるのは,マレーシア国立図書館のマレー語文献センターが,1985年以降1990年代前半にかけて,マレーシア内外の学術機関所蔵のマレー語マニュスクリプトに関するカタログを次々と刊行していることである。 いわゆる「年代記」に関しては,既刊テキストの新装版の出版が中心である。そうした中で注目されるのは,次の『スジャラ・ムラユ(ムラユ王統記)』関連の2冊の新刊書であろう。 Muhammad, Haji Salleh 1997 Sulalat al-Salatin ya (IUni Perteturan Segala Raja-Raja (Sejarah Melayu)., Yayasan Karyawan dan Dewan Bahasa dan Pustaka : Kuala Lumpur Cheah, Boon Kheng dan Abdul, Rahman Haji Ismail 1998 Sejarah Melayu, the Malay Annals., MBRAS : Kuala Lumpur 上記の2冊のうち,後者は既刊のラッフルズのテキストを新たなマレー語綴り法に直して出版したものである。一方,前者は,未刊行のものを含めた9つのマニュスクリプトの比較研究をもとに出版されたテキストである点が注目される。
2.1 マレー語文献センター(Pusat Manuskrip Melayu)
マレー語文献センターは,マレー語文献の保管を目的に,1985年マレーシア国立図書館内に組織されたマレー語マニュスクリプトの調査研究機関である。同センターは,マニュスクリプトの閲覧の他,マイクロフィルムによる複製の注文にも応じてくれる。カタログをはじめとする出版物に関しても,海外からの注文にも対応してくれるようである。同センターを利用するには,マレーシア国立図書館正面入口で,同図書館の入館証(有効期限3年)を作成してもらえばよい。この入館証作成には,写真1枚と所定の料金,パスポートの提示が必要となる。 なお,所員の話によれば,家宝として所蔵されていたマレー語マニュスクリプトの寄贈が,現在でも僅かながらあるということである。また,所員の絶対数の不足と設置されているコンピュータがかなり古いものであるため,調査・研究活動が著しく遅れているという。最後に,同センターの所員から,日本からの資金的援助を要請されたことを付け加えておく。
2.2 マレー語文献センターの刊行書籍
既述のように,このセンターは,マレー語マニュスクリプトに依拠した学術研究書と同時に,マレーシア国内外の学術機関が所蔵するマレー語マニュスクリプトに関するカタログを次々と刊行している。このカタログは全部で12冊あり,オランダ,フランス,ドイツ,アメリカ,シンガポールの学術機関が所蔵するマレー語マニュスクリプトに関するカタログも刊行されている。こうしたカタログ類の刊行は,イギリスを除けば,既に終了している。現在は,マニュスクリプトの研究及びその研究成果を学術書として刊行することに,重点が移っている。 同センターから刊行された学術書はまだ数点にすぎないが,その中でも次の2点が注目される。
Po, Dharma, Moussay,G.and Abdu,Karim 1997 Akayet Inra Patra (Hikayat Inra Patra = Epopee Inra Patra)., Perpustakaan Negara Malaysia and Ecole Francise d'Extreme Orient: Kuala Lumpur
Po, Dharma, Moussay,G.and Abdul, Karim 1997 Akayet Dowa Mano (Hikayat Inra Dowa Mano = Epopee Dowa Mano)., Perpustakaan Negara Malaysia and Ecole Francise d'Extreme-Orient: Kuala Lumpur
これらは,いずれもチャム文字で記されたチャム語の物語に関する研究書で,フランス極東学院との共同研究の成果を刊行したものである。ともに,マレー語とフランス語の解説,チャム文字のテキストとそれをローマ字化したテキストとが所収されている。そのうち,前者は,『ヒカヤット・インデラ・プトラ』という題名でマレー世界でも有名な物語である。
3.1 デワン・バハサ・ダン・プスタカ(Dewan Bahasa dan Pustaka)
政府系のマレー語書籍の出版局兼図書館である。ここの出版局は,マレー語の学術書の刊行を,かなり精力的行っている。その中には,いわゆる「年代記」,クルアーンの注釈書などやイスラーム関連の概説書,啓蒙書も数多い。一方,図書館には200点以上のマレー語マニュスクリプトが所蔵されている。
3.2 プスタカ・アンタラ書店(Pustaka Antara)
昨年,「コンプレックス・ウィラヤ」というショッピング・コンプレックスの1階に移転したという。この書店の特徴は,インドネシアとマレーシアの学術書の販売,イスラーム関係書籍(アラビア語の輸入書籍及びジャウィ表記のマレー語書籍を含む)の販売,若干のイスラーム関係書籍の出版などの点にある。今回収集した文献のうちインドネシアの学術書の収集は,この書店で行った。
3.3 マラヤ大学書籍部
おそらくマレーシアでもっとも学術研究書を揃えているのはこの書店であろう。イスラーム関係の書籍に関しても特別のコーナーが設けられており,そこには学術書から一般の概説書・啓蒙書まで幅広く揃っている。 マラヤ大学出版部の出版事業は一時停滞していたが,近年再び活発化の兆しが見えてきた。ここの出版部からは,マラヤ大学図書館所蔵のマレー語文献のカタログが刊行されているのだが,今回は品切れのため入手できなかった。
3.4 マレーシア国民大学出版部
現在マレーシアの大学の出版部でもっとも活発な活動を展開している。学術書の他に,モノグラフやマレーシア国民大学関係のジャーナルを多数出版している。こうした学術書,モノグラやジャーナルは,大学構内にある同出版部書店で販売している。なお,ここが刊行している学術書のなかには,イスラーム関係の書籍も少なくない。