研究関心・内容

大坪研究室では、人々の社会行動を進化論的な観点から理解することを目指しています。特に、関心をもって取り組んでいるテーマには謝罪と赦しに基づく和解プロセス対人関係におけるコミットメント・シグナル評判・罰に基づく協力の維持があります。最近では、心理学への生活史理論の応用(誤用に対する批判)、個人差の進化に関するテーマにも関心をもち検討を始めました。

和解プロセス
和解とは悪化した関係を正常な状態に戻すことです。これまで協力的・互恵的な関係を構築してきたのに、ささいな理由で関係が悪化したときに、その関係を放棄するよりも、関係を改善して正常な状態に戻した方がよりよいことは多いでしょう。そのような場合、関係悪化の原因を作った方が謝罪をし、謝罪を受けた方が相手を赦すことで和解が達成されます。進化論的には、関係を改善したいという意図を伝える謝罪が正直なものかどうかが問題になります。このようなコミュニケーションにおける正直さの問題は、シグナリング・ゲームの枠組みで分析することができます。また、謝罪をしたり赦したりする場合、その関係が修復する価値があるものかどうかが重要です。この考え方は、価値ある関係仮説と呼ばれています。本研究室では、謝罪のシグナルとしての側面に注目した研究、相手の関係価値が謝罪や赦しを促すかどうかに焦点を当てた研究を行っています。また、このような対人的場面ではたらく心理メカニズムは、集団間関係や国際関係でも部分的に和解の成否を左右しているかもしれません。このような可能性を政治学者との共同研究で探っています。


研究例:謝罪の正直さ 加害者が被害者に対して「ごめんなさい」と言うとき、被害者にとって加害者が二度と同じひどいことをしないかどうかを見極めることが大事です。それができないと、また相手から搾取されてしまうかもしれません。そこで、謝罪する側は、自分の謝罪が正直なものであることを示す必要があります。このとき、コストをかけて謝罪する(例えば、相手の被害を弁償する、大事な用事をキャンセルして相手への謝罪を優先する)と、謝罪にかかるコスト以上に被害者との関係が大事であることを示していることになります。自分が大切にしているものを粗末に扱わないのと同じで、コストのかかった謝罪をする者は自分が大切にしている関係を二度と傷つけることはないというシグナルを発していることになります。私たちの研究室では、コストのかかる謝罪を受けると、相手はそれに誠意を感じること(Ohtsubo & Watanabe, 2009)、相手との関係を重視しているほど加害者はコストをかけてでも謝罪しようとすること(Ohtsubo & Yagi, 2015)を示してきました。近年、fMRIを用いて、コストのかかる謝罪を受けると、受け手の脳の”心の理論ネットワーク”が活動することを示しました(Ohtsubo et al., 2018)。これは、コストのかかる謝罪が和解意図のシグナルであるという考え方(相手はシグナルから和解意図を読み取っているという考え方)と一貫する知見です。


関連論文
Ohtsubo, Y., & Watanabe, E. (2009). Do sincere apologies need to be costly? Test of a costly signaling model of apology. Evolution and Human Behavior, 30 (2), 114-123.

Ohtsubo, Y., & Yagi, A. (2015). Relationship value promotes costly apology-making: Testing the valuable relationships hypothesis from the perpetrator’s perspective. Evolution and Human Behavior, 36 (3), 232-239.

Ohtsubo, Y., Matsunaga, M., Tanaka, H., Suzuki, K., Kobayashi, F., Shibata, E., Hori, R., Umemura, T., & Ohira, H. (2018). Costly apologies communicate conciliatory intention: An fMRI study on forgiveness in response to costly apologies. Evolution and Human Behavior, 39 (2), 249-256.

Smith, A., McCauley, T. G., Yagi, A., Yamaura, K., Shimizu, H., McCullough, M. E., & Ohtsubo, Y. (2020). Perceived goal instrumentality is associated with forgiveness: A test of the valuable relationships hypothesis. Evolution and Human Behavior, 41 (1), 58-68.

Ohtsubo, Y., Matsunaga, M., Himichi, T., Suzuki, K., Shibata, E., Hori, R., Umemura, T., & Ohira, H. (2020). Costly group apology communicates a group's sincere "intention." Social Neuroscience, 15 (2), 244-254.

Ohtsubo, Y., Inamasu, K., Kohama, S., Mifune. N., & Tago, A. (in press). Resistance to the six elements of political apologies: Who opposes which elements? Peace and Conflict: Journal of Peace Psychology.

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コミットメント・シグナル
二者関係で相手との関係にコミットしているというのは、親友同士が決して裏切ることはない、恋人が浮気をしないといったことを指しています。ですが、ここにはコミットメント問題という難しい問題が含まれます。今の相手よりも魅力的なパートナーが現れたときに、今の相手との関係にとどまるのは合理的とは言えないからです。ところが、特定の相手との関係にコミットできないのであれば、私たちの対人関係は目先の利害関係に左右される皮相なものになってしまうのではないでしょうか。実際には私たちの対人的感情は私たちを特定の関係にコミットさせてくれます(例えば、目先の利益のために現在のパートナーを裏切ったときの罪悪感は、私たちに多少の利益をふいにするとしても現在のパートナーとの関係にとどまるように促します)。ですが、仮に特定の関係にコミットできたとしても、自分がコミットしていることを相手に知ってもらわなければ、相手はあなたとの関係を皮相なものとみなすかもしれません。この問題を解決するために、日常的に相手との関係にコミットしていることをシグナルしておけばよいのではないでしょうか。シグナル自体はコストがかからないものであっても、頻繁にそのようなシグナルを送らなければならないとしたら、おのずとパートナーは少数の相手に限られてくるでしょう。本研究室では、私たちがどのようなやり方でコミットメント・シグナルを発しているのか、その適応的基盤は何かといった問題に取り組んでいます。


関連論文
Ohtsubo, Y., Matsumura, A., Noda, C., Sawa, E., Yagi, A., & Yamaguchi, M. (2014). It's the attention that counts: Interpersonal attention fosters intimacy and social exchange. Evolution and Human Behavior, 35 (3), 237-244.

Yamaguchi, M., Smith, A., & Ohtsubo, Y. (2015). Commitment signals in friendship and romantic relationships. Evolution and Human Behavior, 36 (6), 467-474.

Ohtsubo, Y., & Yamaguchi, C. (2017). People are more generous to a partner who pays attention to them. Evolutionary Psychology. 19 (1).

Ohtsubo, Y., Matsunaga, M., Himichi, T., Suzuki, K., Shibata, E., Hori, R., Umemura, T., & Ohira, H. (2020). Role of the orbitofrontal cortex in the computation of relationship value. Social Neuroscience, 15 (5), 600-612.

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評判・罰に基づく協力
二者関係に閉じない大規模な協力関係を維持することはヒトという種の特徴です。このような大規模な協力を維持するメカニズムとして、評判と罰が注目されています。評判に基づく大規模な協力の維持は間接互恵性と言われます。従来の間接互恵性の研究では、他者に評判を割り振る側の評判割振り戦略に焦点が当てられてきました。これに対して、本研究室では評判を割り振られる側の評判維持戦略に着目した研究も行っています(Tanaka et al., 2016)。また、罰に基づく協力の維持についても検討しています。


関連論文
Ohtsubo, Y., Masuda, F., Watanabe, E., & Masuchi, A. (2010). Dishonesty invites costly third-party punishment. Evolution and Human Behavior, 31 (4), 259-264.

Tanaka, H., Ohtsuki, H., & Ohtsubo, Y. (2016). The price of being seen to be just: An intention signalling strategy for indirect reciprocity. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences, 283, 20160694.

Konishi, N., Oe, T., Shimizu, H., Tanaka, K., & Ohtsubo, Y. (2017). Perceived shared condemnation intensifies punitive moral emotions. Scientific Reports, 7, 7289.

Ohtsubo, Y., Sasaki, S., Nakanishi, D., & Igawa, J. (2018). Within-individual associations among third-party intervention strategies: Third-party helpers, but not punishers, reward generosity. Evolutionary Behavioral Sciences, 12 (2), 113-125.

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