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奈良田の昔話「づくなし」

最終更新 2025.7.27

  発話 音調符号付かな表記

  共通語訳

  注(ない場合もある)

づく⸢な⸣し

怠け者

づくなし:怠け者。「ずくなし」として『増補改訂甲州方言』(深沢1979)にあり。「づく」は気力、根性の意(後出)。

⸢む⸣かし あ⸢る⸣ とこにな⸢ー⸣よー

昔 ある ところにね

き⸢り⸣もな⸢い づく⸢な⸣しの おとこ⸢か゜⸣ いと⸢ー⸣だけ゜の⸢ー⸣に。

とんでもない 怠け者の 男が いたのだそうだよ。

⸢め⸣し⸢お⸣ く⸢ー⸣でさい よ⸢い⸣っさで

飯を 食うのでさえ やっとで

⸢ぜ⸣んばこ⸢い⸣ もって やらない⸢ば

膳箱に 盛って やらなければ

てま⸢い⸣じゃー く⸢い⸣えーのー ぐ⸢だ⸣っとーだけ゜の⸢ー⸣に。

自分では 食えない 様子だったのだそうだよ。

ぐ:子音が非鼻音[ɡu]。『日本方言大辞典』に山梨県内の複数の資料を含めて引用して「ように。風に。ごとく。」と語釈を付すのと同源と思われる。ただし、同辞典では副詞のようだがここでは名詞のように用いられている。

あ⸢る⸣ ひの こと

ある 日の こと

⸢ど⸣ー⸢で⸣も いかない⸢ば⸣ な⸢ら⸣で

どうしても いかなければ ならなくて

⸢べ⸣んとー⸢お⸣ もって ⸢や⸣ま⸢い⸣ いった⸢い⸣ば

弁当を 持って 山に 行ったら

⸢ひ⸣りー⸢に⸣ なっ⸢と⸣ーどーか゜

昼食時に なったのだが

ひりー:原注は「ひりー」だが、ここでは時間を表していると解し「昼食時」とした。

⸢う⸣ちか゜いお か⸢た⸣から おろ⸢す⸣ づく⸢か゜⸣ なくて

弁当袋を 肩から おろす 気力が なくて

ひだ⸢る⸣くて なら⸢の⸣ーどーか゜

空腹で ならないのだが

が⸢ま⸣んして ⸢せ⸣わって い⸢と⸣ーだけ゜の⸢ー⸣に。

我慢して 座って いたのだそうだよ。

だ⸢れ⸣か く⸢れ⸣ば ⸢う⸣ちか゜いお とっ⸢て⸣ う⸢け⸣て

「誰か 来れば 弁当袋を とって もらって

めし⸢か゜⸣ くえ⸢る⸣どーか゜ ともっ⸢て⸣ ま⸢ち⸣てーた⸢い⸣ば

飯が 食えるのだが」 と思って 待っていると、

よ⸢い⸣ あんばい⸢に⸣ したの ほ⸢ー⸣から ひ⸢と⸣りの おんな⸢か゜⸣ のぼって く⸢る⸣だけ゜の⸢ー⸣に。

良い 具合に 下の 方から 一人の 女が 登って 来るのだそうだよ。

よ⸢く⸣ みれ⸣ば か⸢さ⸣ー かぶっ⸢て

よく 見ると 笠を かぶって

⸢い⸣か⸢い⸣ くちょー あけて ちかづ⸢い⸣て く⸢る⸣どーで

大きな 口を 開けて 近づいて 来るので

⸢お⸣りゃー づく⸢な⸣しで ⸢こ⸣の うちか゜いお と⸢れ⸣ーで いるど⸢ー⸣か゜

「私は 怠け者で この 弁当袋を とれずに いるのだが

⸢ご⸣むしんど⸢ー⸣で お⸢い⸣し とっ⸢て⸣ くれんな ちて おんな⸢に⸣ いった⸢い⸣ば、

お願いだから あなた 取って ください」 と 女に 言ったら、

⸢ほ⸣んには⸢い⸣ ひとの もの⸢ー⸣ と⸢る⸣きけ゜んか

「とんでもない 人の 物を とるどころか

ほんにはい:直訳すれば「本当に もう」だが、原注にしたがい「とんでもない」と訳した。
きけ゜んか:「きけ゜ん」は「体の調子」(深沢1957)の意を持つ。ここでもその意味で、文全体で「人の物をとる体調か。いやそうではない」という反語表現に解すことも可能だが、原注に従って訳した。

⸢う⸣ら⸢ど⸣ーっても づく⸢か゜⸣ な⸢く⸣て

私だって 気力が なくて

づく:気力。根性。

⸢こ⸣の か⸢さ⸣の ひぼか゜ ゆるん⸢で⸣

この 笠の 紐が ゆるんで

か⸢さ⸣か゜ う⸢ち⸣おちるどーで

笠が 落ちるので、

⸢こ⸣ーして いか⸢い⸣ くちお あけて

こうして 大きい 口を 開けて

おち⸢の⸣ーよーに して き⸢と⸣ーどーか゜

落ちないように して 来たのだが」

ちて いっと⸢ー⸣どーで

と 言ったので

⸢お⸣とか⸢ー⸣ はら⸢か゜⸣ へって あ⸢お⸣く なり

男は 腹が 減って 青く なり

⸢お⸣んな⸢ー⸣ くちょー あけと⸢ー⸣まま

女は 口を 開けたまま、

⸢ば⸣んか゜たま⸢で⸣ やま⸢に⸣ いと⸢ー⸣だけ゜の⸢ー⸣に。

夕方まで 山に いたのだそうだよ。

ばんか゜た:話者によれは「ばんかた」のほうが一般的だが「ばんか゜た」とも言うと思うとのこと。原文は「ばんがた」だが注では「ばんかた」となっており、「ばんかた」が正しい可能性がある。

⸢こ⸣れで ひっちまい。

これで おしまい。