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エルサレム調査報告
金城美幸(立命館大学先端総合学術研究科一貫制博士課程)

 概要

  • 調査者:金城美幸(立命館大学先端総合学術研究科一貫制博士課程)
  • 日程:2012年2月7日(火)〜2月18日(土)
  • 用務地:イスラエル(エルサレム市)
  • 用務先:ヘブライ大学スコープス山人文・社会科学図書館、トルーマン研究所図書館・資料センター

 報告

これまで、パレスチナ難民問題にかんしてのイスラエルの歴史記述とパレスチナ人の歴史記述の比較研究を行ってきた。今回の出張では,この研究の一環として、主にヘブライ大学のスコープス山人文・社会科学図書館、およびトルーマン研究所図書館・資料センターにおいて文献閲覧を行った。今回の調査の中心となった文献は、以下の通り。
  1. 1950年代から60年代にかけて、イスラエルとアラブ諸国の政府系機関から出されたパレスチナ難民発生原因についての説明パンフレット類
  2. イスラエル建国後の歴史研究・歴史教育の制度構築において、大きな影響力を持ったベン=ツィオン・ディヌールの自伝・評伝と彼についての研究書類
  3. 2000年代以降のイスラエルにおいて、国防軍出版局より出版されたイスラエル建国史
@の文献史料は、パレスチナ難民発生原因についてのイスラエルとアラブ諸国の公式な態度を伝えるものである。先行研究においてこの論点は、イスラエルの「自発退去論」とアラブ諸国の「追放論」という形で整理されてきた。収集した文献史料ではアラブ諸国の「追放論」の論理構成を示すとともに、イスラエル側の「自発退去論」はアラブ諸国出身のユダヤ人とパレスチナ難民の「住民交換論」によって補完されていることが確認できる。

Aの文献史料は、近年イスラエルの歴史記述とシオニズム・イデオロギーの関連性を指摘する先行研究が増えてきたなか、とくに関心が寄せられつつあるベン=ツィオン・ディヌールの思想を伝えるものである。これらの先行研究において、ディヌールの評価は「科学的歴史記述」の信仰者だとする傾向と、ナショナルな歴史記述を体系化したイデオローグだとする傾向に分けられる。だが収集した文献史料は先行研究によって示されてきたディヌールの二つの特質が併存していることを示している。今後はこの文献史料の精読を進めることで、二つの矛盾する特質がどのような論理のもとでディヌールのなかで一貫性をもったものになったかについて検討を進める。

Bの文献史料は、近年のイスラエル正史の特徴を示すものである。イスラエルの歴史学史を概括する先行研究では、イスラエルの正史は、新たに公開された史料に基づく実証研究によって乗り越えられたものとしている。だが、これらの文献史料は、新しい史料を追加って実証研究が主張している論点、すなわちパレスチナ人への追放を認めたうえで、さらにそれを正当化する論理を提供している。管見のかぎり、この点はまだ先行研究においても指摘されていない。

本出張の成果として、パレスチナ難民発生以降のイスラエルとパレスチナにおける歴史記述の交差点と争点を明らかにする予定にある。

(2012年3月8日)
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