トップページ調査・出張報告
トルコ共和国・イズミルにおける調査報告
清水由里子(中央大学大学院・博士後期課程)

 概要

  • 日程:2008年9月3日(水)〜9月14日(日)
  • 用務地:トルコ共和国
  • 用務先:イズミル
  • 用務:トルコ共和国・イズミルにおける資料調査およびインタビュー調査の実施

 報告

調査者は、「ウイグル人ナショナリストの思想と活動に関する総合的研究」の活動の一環として、2008年9月3日から14日にかけて、トルコ共和国のイズミルを再訪した。『東トルキスタン史』 のオリジナルテキストの入手および、同書の出版経緯の聞き取りを行った昨年度に引き続き、今回は同書の著者、ムハンマド・エミン・ボグラ(以下、ボグラと略)のライフ・ヒストリーに関わるデータを収集することを主目的として調査を行った。『東トルキスタン史』およびボグラに関しては、昨年度の調査を参照されたい。

ボグラの活動については、すでに水谷尚子が2006年に実施した調査に基づく詳細な報告を発表している(『日本中央アジア学会報』no4、2007年)。しかし、水谷自身も指摘しているように、その聞き取り内容には文献資料との矛盾が存在しており、また調査者が昨年度に実施したインタビューとの相違も見うけられた。今回はそのような点に留意しつつ、幼少期から晩年にいたるまでのボグラの活動について再度確認作業を行うとともに、民族観や宗教観などの思想信条や、性格や嗜好などのパーソナリティ、といったボグラの内面に関わることがらについても聞き取りを行った。そのなかで、青年期およびカーブル滞在期に、ボグラのナショナリストとしての思想形成に影響を与えたと考えられる人物や著作についての証言を得ることができたのは大きな成果であった。

「我が政治人生」
今回の調査においては、いくつかの新しい文献資料も入手することができた。そのうちのひとつが、ボグラによる未発表の原稿「ムハンマド・エミン・ボグラの政治人生」 Muhammad Amin Bughraning Siyasiy Hayatiである。これは、ボグラが青年期から1949年までの政治的な活動を語った半生記であり、彼自身のライフ・ヒストリーに関わる資料としては他に類をみないものである。しかし、諸般の事情から掲載は見送られ、ボグラの生前はついに世に出ることはなかった。「我が政治人生」は、ボグラの没後50年が経過したのを機に、2006年にユーヌス氏が作成したボグラ全集(DVD)に収録された。しかし、収録されたデータはユーヌス氏の編集が加えられており、完全なオリジナルとは言いがたい。そのため、今回ユーヌス氏の許可を得て、再度直筆原稿の撮影を行った(写真1)。

また、もうひとつはボグラの略歴である。この略歴の正確な年代は不明であるものの、ユーヌス氏によれば、40年代に重慶でかかれた可能性が高いという。全部で4ページというきわめて短い文章ながらも、ボグラ自身によって記されたものであること、また他資料にない独自の情報が含まれていることから、「我が政治人生」同様、非常に貴重な資料であると考えられる。

アルタイ出版社の出版物
そのほか、今回の調査を通して、ボグラが主催していたアルタイ出版社の『アルタイ』や『エルク』などの出版物(写真2)や、ボグラが同時代のウイグル人指導者や、民国政府の要人と交わした書簡の現物および写しなど、ボグラに関連する数多くの資料が残されていることがわかった。時間の関係上、そのすべてに目を通すことはできなかったが、今後引き続き調査を行い、全容を明らかにしたい。

ボグラはその生涯において精力的に執筆活動にとりくみ、『東トルキスタン史』をはじめとする著作のほか、自らの主催する出版社から数多くの新聞・雑誌を発行してきた。しかし、ボグラの執筆活動の主眼は、祖国「東トルキスタン」の解放を目的とした現状における諸問題の周知に置かれ、ボグラが自らについて語ることはほとんどなかった。今回収集したデータは、同時代を代表するナショナリストであるボグラの知られざる実像に迫るうえで、新たな材料となるものと思われる。

附記:調査にあたっては、昨年度に引き続き、ファーティマ女史とユーヌス氏のご支援とご協力をいただいた。この場を借りて感謝を申し上げたい。
Page top