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ウズベキスタン・タジキスタン・キルギス視察・調査報告
今堀恵美(東京都立大学大学院・博士後期課程)

 概要

  • 日程:2007年8月3日〜9月12日
  • 用務地:ウズベキスタン共和国(タシュケント、ブハラ他)、タジキスタン共和国(ドゥシャンベ、クルガンテッパ他)、キルギス共和国(ビシケク)
  • 用務先:西南タジキスタン・ラカイ族居住地域(タジキスタン)、ブハラ州ショーフィルコーン地区ドードゥボグネ村、科学アカデミー歴史学研究所(ウズベキスタン)
  • 用務:中央アジアにおける社会人類学的現地調査

 報告

調査者は2007年8月3日から9月12日にかけて、中央アジア三カ国(ウズベキスタン・タジキスタン・キルギス)を訪れ、現地視察及び社会人類学調査に従事した。今回の調査では「現代中央アジアにおけるムスリム女性と手工芸」をテーマに、ウズベキスタン・タジキスタンの刺繍制作の様子を現地視察した。タジキスタンではクルガンテッパ、ダンガラ、クローブといった西南地方に赴き、独自の装飾文化をもつラカイ族の居住地域を訪ねた。ここではラカイ族の刺繍制作の現状について報告したい。


チュルク系言語を話し、モンゴロイド系のラカイ族(laqay)はウズベキスタンのスルハンダルヤー州からタジキスタンのサーマーニヤーン、カーファルニハーン、ヒサールからハトラーン州のクルガンテッパ、クローブを中心に居住している。アフガニスタン、パキスタン、トルコ、イランなどに住む人口も合わせると推定50万人以上(2003年)を数えるという。

ラカイの刺繍 タジク人の刺繍
中央アジアにおけるあまたの刺繍制作の中でも、ラカイの刺繍は独特のデザイン、ステッチで有名である。原色を基調とする刺繍糸を使い、3-4mm程度の細かいクロスステッチで幾何学模様のモティーフ全体を覆う。下絵は描かず、布地の織り目を数えてモティーフを施す。布地の部分を見せずに全体を刺繍で覆い尽くすのも特徴である(写真1参照)。隣り合って住むタジク人の刺繍がサテンステッチの一種、円形模様を特徴とするのと対照的だ(写真2参照)。


ラカイの刺繍装飾品
調査者が訪れたクルガンテッパ市内から車で約30分程度の場所にあるファフラーバード村はラカイの村である。ラカイの人びとは新嫁を迎えた新婚部屋を美しい刺繍品で装飾する習慣がある。現在でもラカイの女性たちの多くは結婚前に「ケリンニン・イシュ(kelinning ishi:花嫁の仕事)」と呼ばれる刺繍の装飾品を自ら準備する。なかでも人目を引くのは、衣装箱の上に高々と積み重ねられた布団や座布団を飾る一式であろう。ファフラーバード村では、上部を帯状に飾るマンガイ(mangai)、約2mの長さの2本の帯をつなげて左右を縦に飾るジュク・チャリギチ(juk charig'ch)、三角の飾りであるセルペ(serpe)、三角型の飾りの中心にある小さな四角に房飾りを付けるコル(qo'l)、衣装箱前面に貼り付けて飾るナプラメチ(napramech)の五品で一式と見なされていた(写真3中央参照)。その他、結婚式に用いる新婚用カーテン、クッションの装飾など多彩な刺繍装飾品があった。


ラカイの女性
調査者が聞き取りを行ったあるラカイの女性(20歳:2006年結婚)は、この結婚用一式を準備するのに自分1人で制作して3年間で仕上げたという。刺繍を始めたのは12歳の頃、母親から刺繍のステッチを教わった。「ラカイの女性であれば誰でも刺繍をするわ。結婚するのに刺繍の装飾品がなければ笑いものになるから」と語った(写真4参照)。もっとも近年では、材料である刺繍糸や銀糸の刺繍品は市場で購入される。さらに年配のラカイの女性(51歳)によれば、彼女が結婚した当時、蚕を育てた繭から製糸及び染色をして材料の刺繍糸を用意していたという。ラカイの女性たちにとって現在でも結婚持参財として刺繍の装飾品は重要な位置を占めていると共に、既製品が徐々に浸透している様子も伺わせた。

市場での既製品販売の現状を調査しようと、クルガンテッパ近郊のウヤリ・バーザールを訪れた。多くの店がひしめく中で刺繍品を販売する店はほんの2,3軒であった。その中の1軒で働くラカイの女性(およそ40代)が自宅に案内してくれ、古いラカイの刺繍品を見せてくれた。古いとはいえ80年代に制作された物しかないという。彼女は「以前はもっと素晴らしい物があったけれど、93年ごろに全て日用品や食糧と交換してしまった」と残念がっていた。93年ごろとはタジキスタン内戦が最も激しかった時期であり、ラカイの女性たちが刺繍品をはじめとする装飾品を手放すことで生活の糧を手にしていた当時の苦境が偲ばれた。


今回の調査ではラカイの村やバーザールを訪れたことで、刺繍品を彼らの日常生活から捉える契機を得た。特に、現在でもラカイの女性たちは刺繍品を自らのために制作し続けていること、内戦など困難が生じた時、刺繍品は換金手段となっていることを確認できたのは大きな成果であった。今後、タジキスタンにおけるラカイの手工芸活動の変遷について、さらに詳細な研究が求められる。
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