トップページ研究会活動
2015年度第4回パレスチナ研究班定例研究会報告
鈴木啓之(日本学術振興会特別研究員)

 概要

  • 日時:2015年9月17日(木)午後3時〜午後5時
  • 会場:東京大学東洋文化研究所 第一会議室
  • 主催:NIHUプログラム・イスラーム地域研究東京大学拠点
  • 講演者・題目:Ali Qleibo (Professor, Al-Quds University, Palestine)"The Tree Of Abraham: The Sacred in Palestinian Culture"

 報告

アリー・クレイボ氏(Ali Qleibo, al-Quds University)による報告は、カナーン人の豊穣神バアル信仰や女神アシーラトへの信仰が、形を変えつつ現在のパレスチナにおける聖者信仰などに息づいていることを指摘する興味深いものであった。

氏の報告は「アブラハムの木」といわれる古い木の物語から始まる。氏はこうした聖人にまつわる場所や廟が、本来的にはカナーン人の頃からの連綿たる信仰の「地層」のうえに成り立っていると力説したうえで、パレスチナにおいて石、木、洞窟、湧き水などが聖なるものとして受け継がれてきたことを写真を交えながら紹介した。例えば農村部の住宅の構造として、洞窟の近くに家屋が建てられ、たとえ建て増しをする場合でも洞窟を壊すことがない点、ベツレヘムのミルク・グロット教会に代表される洞窟のある教会や神聖なものとされる巨石が存在する点、そしてパンへの敬意などが指摘され、これらがカナーン人の信仰の名残であると提起した。特に氏が指摘したのが、パレスチナのベツレヘム周辺で家屋に掲げられる聖ゲオルギオス(通称「アル=ハディル」)とバアルの連続性であり、竜退治の伝説に豊穣神としての干ばつや水害と闘う姿が認められるという。また氏は、現在のパレスチナの農村部で、スーフィー信仰が廃れている現状を述べ、パレスチナ人自身によって聖者廟などの重要性が忘れられている現状を訴えた。

この報告に対し、エルサレムで行われていた最大の聖者祭であるナビー・ムーサーの祭りの現状や、エルサレム周辺の聖者廟を持つ村の状況、またこうした豊かな信仰体系をまとめた博物館の有無などが質問された。応答の中でクレイボ氏は、現状においてパレスチナ暫定自治政府はこうした歴史的な多様性を裏付けるようなものに関心を払わず、また歴史の語りがナクバ(1948年のパレスチナ人の故郷喪失)やイスラーム黎明期以前にさかのぼらない点に批判的に言及した。
Page top