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アッザーム・タミーミ博士講演会報告
鈴木啓之(東京大学大学院総合文化研究科)

 概要

  • 日時:2011年7月27日(水) 午後2〜4時
  • 会場:東京大学本郷キャンパス東洋文化研究所3階大会議室
  • 講師:アッザーム・タミーミ
    (Dr.Azzam Tamimi, イスラーム思想研究所所長、ロンドン)
  • 講演:“The Hamas-Fatah Reconciliation and the Future of the Palestinian-Israeli Negotiations”

 報告

アッザーム・タミーミ氏(イスラーム思想研究所所長)の報告「The Hamas-Fatah Reconciliation and the Future of the Palestinian-Israeli Negotiations」は、2010年末から2011年初めにかけて始まり、現在も続く「アラブ革命」の影響を大胆に分析したものであった。以下ではタミーミ氏の報告を3点に要約し、会場からの質疑応答について述べ、最後に報告作成者による若干のコメントを述べる。

第一に、タミーミ氏は,河川や山など自然の「境界線」のないなかで引かれた国境のいびつさに言及しながら、現在のアラブ諸国家体制が植民地システムの名残であると厳しく批判を加えた。イスラエルがこのような古いシステムのなかで構築されたことを指摘し、その副産物であるパレスチナのみが、イギリスやフランスの国家建設プロジェクトから排除されていたことに注意を喚起した。

これを受けて第二に、タミーミ氏は今春以来の「アラブ革命」は、上記の「古い」国家体制のすべてが誤りであると明らかにしたとの見解を述べた。経済的成長の欠如をその一つの要因としながらも、「アラブ革命」の最も重要な背景として尊厳の欠如があったと氏は指摘する。パレスチナを含むアラブ諸国のこのような現状のなかで、シオニスト体制によって尊厳を傷つけられてきたパレスチナの人々こそ,最も恩恵を受けていると感じていると指摘した。一方のイスラエルは,ヨルダンやエジプトなど、自らの周辺諸国に「革命」の余波が及ぶのではないか,という危機感を強めている。

第三に、タミーミ氏はこのようなアラブ諸国に押しつけられた「国民国家nation-state」体制の失敗が明るみに出た現在では、2011年9月に予定される国連総会で、今後の二国家間交渉を念頭に置いたパレスチナ国家承認の試みは、もはや無意味なものであると批判を加えた。今後重要なことは,この旧体制の見直しをはかることであり、それゆえその旧体制中において意義があったイスラエルとパレスチナの「二国家解決案」も意味をなさなくなっていると強く主張がなされた。

会場からは、アラブ革命に関してそのイデオロギーの所在や、タミーミ氏の提案する「アラブ連合国United Arab State」の現実性、氏の述べる「国民国家」の具体的な意味、そしてハマースの抱く国家プランやハマース指導部の構成、ハマースとファタハの和解合意(2011年5月にエジプト・カイロで実現)の持続性、さらにはヨーロッパにおける「イスラモフォビアの実情」など多岐に亘って活発な質問がなされた。

「アクティビストとして、そしてアカデミストとして」と、自ら述べるタミーミ氏の見解は非常に大胆で刺激的なものであった。特にイスラエルとパレスチナの「二国家解決案」ではなく、「国民国家」の解体による共生関係の模索という提案は、E・W・サイードなどが提唱した「二民族一国家bi-national state」よりもさらに大胆に踏み込んだ議論であるため興味深い。また、ハマース指導部との関係から氏が提供するさまざまな情報は非常に貴重なものであり、講演後も氏を取り囲んだ参加者たちの質疑はつきることがなかった。
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