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第1回パレスチナ研究班定例研究会報告

 概要

日時:2011年4月25日(月)10:00〜16:00
会場:京都大学吉田キャンパス本部構内総合研究2号館4階第1講義室(AA401)
報告者
  1. 田村幸恵(津田塾大学国際関係研究所研究員)
  2. 塩塚祐太(一橋大学院社会学研究科博士前期課程)
コメンテーター
  1. 鈴木啓之
  2. 臼杵悠

 報告

報告者@田村幸恵(津田塾大学国際関係研究所研究員)
「パレスチナにおける開発援助――「NGO」からみるパレスチナ社会の伝統と変容(和平プロセスから2005年まで)」


報告では、2005年半ばまでの政治的変化を背景に、オスロ合意以降「NGO」の語で括られ市民社会的として評価されたパレスチナの社会組織の実態・型と再評価が報告された。報告者の先行研究整理は、(1)オスロ合意前後の開発援助と2001年後は様相が変遷しているためNGO機能の再評価の必要性、(2)「NGO」のうち青年組織及び慈善団体など草の根型が半数を占め、かつ2000年以降有効な活動を展開している点から「NGO」分類の必要を指摘した。

最初に「NGO」は、持続可能な発展を求めるいわゆるNGO型と、慈善団体など草の根ベース型の団体とに組織を大きく二分した。具体的には前者の方のPNGOネットワーク傘下のNGO調査に基づき、前者の変革機能は潰えて社会維持機能の示唆にとどまった。後者の草の根慈善団体型のザカート委員会などが「NGO」の大半を占めの活動からは実際の伝統維持機能が紹介され、変容に関しては研究途上であり論証はされなかった。オスロ合意以降の援助が途上国援助に見られる「NGO」の自律的性格と政治性の剥奪よりも、異なる状況での社会維持機能に注目した。

質問では、PNGOの機能、イスラームNGOという語の明確な定義の必要が問われた。占領下の社会サービスの提供に貢献したNGOが機能の変遷を強いられた以上、PNGOのインタビュー調査から慈善団体の貢献を論じる事に疑問が投げかけられた。また、主旨一貫性の不足があり報告者は二つの調査を利用したがまだ調査が完成していない旨を説明した。慈善団体側の社会維持機能における観点の必要性が指摘され、また市民社会論との相違性についての質問があった。

(文責:田村幸恵)

報告者A塩塚祐太(一橋大学院社会学研究科博士前期課程)
「パレスチナにおける国際援助?1993年前後の国際援助の状況とパレスチナ開発援助研究の試み?」


本報告では、パレスチナにおける国際援助のこれまでの経緯を概観するため、1993年のオスロ合意前後のパレスチナ援助の先行研究のまとめを行った。パレスチナにおける国際援助においてもオスロ合意は転換点となり、それを機に膨大な援助金がパレスチナの開発に投入されるようになった。それ以前のパレスチナにおいてはアラブ諸国による資金援助が、また現場においては国際NGO、現地NGOの活動が中心的なものであった。しかしドナー間の調整機能を果たすような組織は存在せず、援助プロジェクトは個別的なものに留まった。

1993年を機に、国際的にパレスチナを援助する合意がとられ、その額はオスロ合意直後のドナー会合で暫定期間中に20億ドルがプレッジされるに至った。また各国の政府援助機関や国連機関がパレスチナで援助介入するにあたって、援助をより効率的効果的に実施するための援助構造も同時に構築されていった。世界銀行はこの調整と指揮に中心的な役割を担い、援助に関する政治的枠組みを議論するアドホク調整委員会とプロジェクトの重複と無駄を省くための技術的枠組みを議論するコンサルテーティブ・グループを中心に、様々な調整委員会、作業部会が開かれた。そしてこれら援助のパレスチナ側の受け入れとしてパレスチナ経済委員会が組織された。

このような援助調整作業の一連を反映して条文としてまとめられたのが1994年4月のパリ・プロトコルであり、これは翌月のカイロ協定の付録としてまとめられる。パリ・プロトコルはパレスチナの経済促進のために必要な財務、金融、貿易といった分野におけるパレスチナ側の権限を明確に取り決めたもので、またそれらに必要な議論をイスラエルと執り行うための合同経済委員会の設立があげられている。

これら援助に関する一連の動向において、研究者の間では様々な批判がなされており、パリ・プロトコルについても占領を維持したいイスラエルの姿勢を反映させたものだと分析されている。また世界銀行など援助機関の性質に対する分析では、官僚主義的、成果主義的な組織文化が援助を進行する上で遅延と取り組みの不適切さを招いているとの指摘がなされている。このような先行研究の上で、報告者はこの援助機関の組織文化に着目した開発分野における人類学的アプローチによって、パレスチナにおける援助構造のより詳細な理解に寄与できるのではないかとの研究方針を示した。

質疑応答では、報告者の基礎的な発表形式の不備に対する指摘も受けた。また本報告では援助構造の資金投入や政策決定といった言わば援助行程の上流部分に範囲が留まったために、その後それら政策等がプロジェクトへどう反映したかや現地への影響についても研究を進める必要があるとのコメントを得た。さらに、世界銀行を中心とした援助機関の持つ新自由主義的側面と、それによる現地社会への弊害といった点にもより注意していかなければならないとの指導を得られた。

(文責:塩塚祐太)

コメント:鈴木啓之

田村幸恵氏および塩塚祐太氏の発表は、ともに「開発援助」を主題としながらもそれぞれに異なる視点からの学術的アプローチであり、非常に興味深いものであった。以下では両氏それぞれの発表に対して、趣旨を簡単に紹介しつつ、会場からの反応を述べ、最期に報告者による若干のコメントを述べる。

パレスチナの「NGO」に関して
田村氏の発表は、パレスチナ被占領地における「NGO」の変遷から、これらの組織がコミュニティー維持に大きな役割を果たしており、オスロ・プロセス以降のパレスチナ社会においてもその役割と可能性が大いに期待されることを示すものであった。発表の特筆すべき点として、文献資料、統計資料に加え、フィールドワークによる聞き取り調査の結果が反映されていることが挙げられる。その結果として、教育や人権に関わる団体が、イスラーム系の団体との連携をどのように捉えているのかなど興味深いデータが示された。
田村氏の発表に対して会場からは、西岸地区で行われていたとの報告があった「民主化授業」の内容や「NGO」という用語の使用法に関する事実確認、「宗教団体」と「慈善団体」を分析において別記することがパレスチナの社会状況に照らして有効であるか否かなどの質問がなされた。また、「市民社会論」や「公共圏」の議論との関係性に関する質問もなされ、より大きな枠組みを使用した研究の可能性が提起された。

パレスチナに対する「国際援助」に関して
塩塚氏の発表は、パレスチナに対する「国際援助」に注目し、オスロ・プロセス以降の変遷を追いながら、それぞれの援助主体の持つ組織文化が援助のあり方にどのように影響を与えるのかについて考察を試みるものであった。塩塚氏は本年5月から1年に亘りパレスチナのヨルダン川西岸地区で「国際援助」に関する研究を行う予定であり、この発表は今後1年間の研究計画という性格が強い。そのため、事実確認が発表の主軸とされ、多くの質問もこの点に関するものであった。
会場からなされた質問としては、日本語での先行研究が少ないために生じる訳語選択の問題や、「国際援助」の定義に関するものが挙げられる。特に前者に関しては、本研究会全体として定訳を模索していく必要があると思われる。また、参照文献の一部に含まれる政治的に特定の方向付けが強い研究に対する注意喚起もなされた。

両発表に関するコメント
田村氏、塩塚氏の発表は、「開発援助」という共通主題を持ちながらも、パレスチナ人自らが結成する「NGO」とパレスチナ域外からの「国際援助」にそれぞれ注目するものであり、両者を比較することでパレスチナにおける「開発援助」のあり方や課題がより複合的に浮かび上がるものである。現地の人々自らによる社会維持の活動と大掛かりな国際援助との関係はいかにあるべきかという観点から見れば、両研究はパレスチナ/イスラエル地域研究に留まらず、より大きな枠組みで問題を提起する可能性を持っていると言えるだろう。

(文責:鈴木啓之)

コメント:臼杵悠

田村氏はパレスチナにおける開発援助に関して、特にNGOやイスラーム組織が運営する慈善団体という市民活動に焦点をあて、報告した。具体的には、そもそもパレスチナで援助自体必要かという問題をあげつつも、一方でパレスチナが準国家であるために必要であるという理由を述べ、援助の存在に一定の評価を示した。加えて、パレスチナにおけるNGOの変遷や現地での調査等を通すことで、NGOの重要性を再確認した。最後には、NGOはパレスチナの援助にどう関わっていけるのかという慈善団体とNGOの可能性と関係・社会への影響力が示された。

開発援助は市民活動の役割は大きいことは確かだが、それだけでは難しく、行える活動に制限がでてくる。そのため、今回の報告では市民社会に焦点があてられていたが、その一方でパレスチナ自治政府がどのような役割を担えるのか、という点についてもさらに明確化すべきだろう。

塩塚氏の報告は今後の研究に際して、パレスチナにおける国際援助に関する論文や報告書等の整理を行ったものである。具体的には、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)の援助担当者の報告書等を元に、1993年のオスロ合意までのパレスチナの海外援助のプロセスをまとめた。さらに、既存の開発援助に関する論文を参考に、今後の援助に関する見通しや研究方針を述べた。

会場からは、パレスチナにおける世界銀行の役割に関する問題が提起された。例えば、オスロ合意以前に、なぜ世界銀行はパレスチナの開発援助に関わっていなかったのか、等の指摘がなされた。このように、世界銀行はどういうところなのか、具体的には何をやっているのか等、パレスチナ自治政府や市民との関係を明確にすることにより、今後より深い議論を行うことが可能になるだろう。

今回、両者の議論に共通したパレスチナでの開発援助というテーマは、現在、国際的にも注目され、大きく取り上げられている問題である。今後の研究がよりいっそう期待される。

また、当日の研究会においては、CIAS主催の共同研究と共催で進めていくデータベース構築やそれに伴うホームページの作成についての話し合いも同時に行われた。それに関して、情報科学を専攻した者として、ホームページの具体的な作成方法・データベース構築における効率的な方法等、より高度な情報技術に関する助言を行い、今後も協力していくことを確認した。

(文責:臼杵悠)

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