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第24回中央ユーラシア研究会特別セッション「中央アジアにおけるイスラーム実践の社会・文化的持続と変化:人類学的アプローチ」報告 
今堀恵美(東京外国語大学AA研)

 概要

  • 開催日時:2010年9月26日(日) 13:00-18:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス法文1号館2階217番教室
  • 報告者・報告題:

    • 藤本透子(国立民族学博物館)「カザフスタン北部における死者供養の再活性化―イスラーム実践を再考する」
    • 菊田悠(北海道大学)「ウズベキスタンにおけるイスラーム守護聖者崇敬の持続と変容――ポスト・ソヴィエト時代のフェルガナ州の事例から――」
    • 今堀恵美(東京外国語大学)「ハラール食品の展開に見るウズベキスタンのイスラーム復興」
    • 吉田世津子(四国学院大学)「モスクの両義性――クルグズスタン(キルギス)北部農村から見たイスラーム復興と社会秩序――」

 報告

2010年9月26日日曜日13時から、東京大学本郷キャンパス法文1号館2階217番教室において、イスラーム地域研究プロジェクトによる第24回中央ユーラシア研究会が開催された。ここでは、この研究会について下記のとおり報告する。

第24回中央ユーラシア研究会は「特別セッション」であり、「中央アジアにおけるイスラーム実践の社会・文化的持続と変化:人類学的アプローチ」と題して行われた。本セッションは、2010年10月28日から31日かけてアメリカ合衆国ミシガン国立大学で開催されるCESS第11回年次大会パネルに先立ち、国内報告会として、問題点や参考意見、コメントなどを広く寄せていただき、パネルに効果的に活かそうとする意図も合わせて持っていた。

本研究会では、中央アジア3ヶ国(ウズベキスタン、クルグズスタン、カザフスタン)で各発表者が行った人類学的フィールドワークから収集されたミクロなデータに基づき、中央アジアのイスラーム実践について、その持続的側面、変化などに関心を払いながら論じられた。以下報告順に、簡単にその内容を示そう。

カザフスタン北部パヴロダル州でフィールドワークを行った藤本透子(国立民族学博物館)は、「カザフスタン北部における死者供養の再活性化―イスラーム実践を再考する」と題して報告を行った。報告ではカザフ人の宗教複合をめぐるPrivratskyの学説「アヤン複合」に対し、自身のフィールドデータに依拠しつつ「アルワク複合」概念の可能性を示唆した。藤本によれば、「アルワク」の重要性は、系譜、「祖先の土地」と結びついたものであり、カザフ人のアイデンティティを示すものである。藤本の報告では「アルワク複合」の動態的な側面に着目し、カザフ人が重視する儀礼、犠牲祭をめぐり多様な解釈が交わされたことを取り上げている。ここから独立後のカザフスタンでイスラーム復興が経験されても、それは教義としてのイスラームの浸透だけではなく、アルワクやモルダ、コジャの重要性を核として宗教実践が復興されていることを結論づけた。

ウズベキスタン東部フェルガナ州リシトン市でフィールドワークを実施した菊田悠(北海道大学)は、「ウズベキスタンにおけるイスラーム守護聖者崇敬の持続と変容−ポスト・ソヴィエト時代のフェルガナ州の事例から−」と題して報告した。報告では陶業の街として有名なリシタン市で職業別の守護聖者であるピールがいかに崇敬を集めるかが取り上げられ、ソ連時代に変容しつつも、現代まで継続されている理由について取り上げた。中東地域など他の地域では守護聖者崇敬が衰退していく一方、ウズベキスタンでピール崇敬が未だに盛んな理由として、ソ連における産業構造の特殊性、ソヴィエト政権の対イスラーム、民族文化に関する政策、ピールがもつ独自の魅力が指摘された。

ウズベキスタンの首都タシュケント市でフィールドワークを実施した今堀恵美(東京外国語大学AA研)は「ハラール食品の展開に見るウズベキスタンのイスラーム復興」と題して報告した。報告では2000年代以降、ウズベキスタンのハラール食品という「もの」に着目し、「もの」を通じてウズベキスタンのイスラーム復興を捉える見方を示した。今堀はハラール食品の消費者として漸増する新しい信仰者のカテゴリー「ナマーズ・ハーン(礼拝する者)」の存在を指摘し、彼らが政治活動を目指すイスラーム主義者でもなく、単に慣習的イスラームを守るムスリムでもない、日常生活の中で「正統」なるイスラームを目指そうとする人々であるとした。結論として、ハラール食品という「もの」を媒介とすることでナマーズ・ハーンたちは肉加工品を消費しつつ、「正統」なるイスラームも実践できるという豊かな「もの」を媒介に結びつくイスラームと人間のあり方について示唆された。

クルグズスタンのナルン州コチコル地区で10年以上に亘りフィールドワークを継続してきた吉田世津子(四国学院大学)は、「モスクの両義性 −クルグズスタン(キルギス)北部農村から見たイスラーム復興と社会秩序−」 と題して報告を行った。報告では調査地に建立された中央モスクに集まる人々、なかでもイスラーム宣教活動(davat)家に着目し、彼らに対して隣人たちが抱く両義的な感情について論じた。吉田によれば、イスラーム宣教活動は地域の深刻な社会問題である「飲酒」を抑制する効果があり、村に秩序をもたらす存在とされる一方、活動に熱心になるあまり、葬式、墓碑建立忌に参加しないなど地域で重視されるつきあいをせず、秩序を乱す存在―社会秩序―ともされる。結論として、吉田はモスクに集まる人々というイスラーム復興の最前線を担う人びとのみを見て、地区にあまねくイスラーム復興が生じていると断ずることは出来ないと論ずる。モスクという「正統」なるイスラームのあり方を表立って批判する人はいないが、実はローカルな脈絡では「つきあい」を基盤にした別の社会秩序があり、イスラームを名目に秩序を乱す存在に対し、批判的な目を向ける人々の存在も忘れるべきではない。ローカルな脈絡を丁寧に見ていくことで、イスラーム復興をめぐる価値観が拮抗する様子が明らかにされた。

本研究会では、中央アジア研究でも新しい分野である人類学の発表を集めたものであり、フィールドワークを基に収集したデータで分析する手法が全発表に共通していた。人類学的アプローチとは「正統」なるイスラームのあり方に照らして正誤を判断するのではなく、たとえ矛盾が生じても現地の人々が「イスラーム」と考える信仰実践に着目し、その信仰実践が地域社会の中でいかなる意味を獲得しているのか、を解明することに特徴がある。この課題は歴史学・地域研究といったマクロな研究ともリンクしつつさらに深化させていく必要があろう。尚、本研究会での報告に基づくCESSでの報告は別途こちら(10月掲載予定)を参照のこと。
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