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第18回中央ユーラシア研究会報告
小沼孝博(学習院大学東洋文化研究所・助教)

 概要

  • 開催日時:2009年11月21日(土) 13:30-17:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス法文1号館2階、217教室
  • 講演者:
    1. 澤井充生氏(首都大学東京)「社会主義国家の"イスラーム復興":中国西北部の宗教管理機構と清真寺の事例から」
    2. 高橋健太郎氏(駒澤大学)「中国回族の聖者廟参詣」

 報告

今回は中国ムスリム(回民/回族)研究の特集が組まれ、二つの報告がなされた。

一人目の報告者である澤井充生氏は,寧夏回族自治区や内モンゴル自治区などの清真寺(モスク)を中心とする回族コミュニティについて歴史人類学的研究を進めている。今回の報告では、冒頭において回族研究の"バイブル"と見なされているDru Gladneyの民族誌に関わる言説・批判を紹介した後、現在におけるその有効性の検証を念頭に置きつつ、経済自由化以降の中国における"イスラーム復興"の実相について検討がなされた。まず調査地である寧夏銀川市の回族および清真寺の概況と共産党政府の民族・宗教政策の歴史的変遷が整理された。そして調査地での事例をもとに、国家・地方レベルの宗教管理機構から、清真寺ごとの管理運営体制、その構成要素たる宗教指導者・寄宿学生、そして一般信徒まで至る重層的ヒエラルキー内の競合あるいは依存関係を浮かび上がらせた。結論においてGladneyの研究への明確な評価は下されなかったものの、国家・党主導の下、宗教管理の中央集権化をともないつつ展開を見せている"イスラーム復興"の中にあって、回族民衆のしたたかなる生存戦略に注目していくことが、"復興"の本質にせまる重要な鍵であるという展望が示された。

もう一人の報告者である高橋健太郎氏の報告は、同じく寧夏域内ではあるが、南部農村地帯における回族の聖者信仰と聖者廟(ゴンベイ)への集団参詣に関するものであった。高橋氏の主要な調査村である海原県山門村は、村民2,118人全員が回族に属し、村内の7つの清真寺では宗教活動(礼拝・祭祀)が行われている。モスクを中心とする地域社会は「寺坊」と呼ばれ、聖者廟への集団参詣はこの「寺坊」ごとに行われているという。調査事例としては、2002年の同心県洪崗子ゴンベイと周爺ゴンベイへの集団参詣と、2005年に洪崗子ゴンベイで行われた聖者の命日(農暦計算)に関わる追悼儀礼(アマル、4〜5日間)が示された。特に後者は、新疆・内モンゴル・陝西を含む延べ11万人の参詣者が集う一大イベントであり、期間中に見られた多様な宗教行為、さらには参詣を通じての「寺坊」の存在意義の再確認、「寺坊」内の社会関係へ影響(宗教的リーダーの権威の向上など)、近隣農民と参詣者との間の盛んな商業活動といった参詣行為と地域社会の関係について検討がなされた。

澤井・高橋両氏の報告は、どちらも回族コミュニティ内での長期フィールドワークの成果にもとづいて立論されており、具体的かつ説得力のあるものであった。また都市部と農村部、清真寺と聖者廟というコントラストは、寧夏の回族コミュニティ・"イスラーム復興"の現状について、幅広く明快なイメージを提供するものであった(ただし都市と農村の結びつきについては必ずしも明確ではなかった)。質疑応答と懇親会においては、中央アジアのイスラームとの比較から質問やコメントが多数出され、活発な議論がなされた。ただし、このように有意義な場であったがゆえに、院生クラスの参加者が少なかったことがやや残念に思われた。
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