トップページ研究会活動
アターバキー氏講演会参加記
濱本真実(人間文化研究機構・研究員)

 概要

  • 日時:2009年1月20日 17:30−19:30
  • 場所:東京外国語大学 本郷サテライト7F
  • 講演題目:ソ連解体後のナショナル・ヒストリーにおける創造と記憶喪失
  • 共催:東京外国大学アジア・アフリカ言語文化研究所

 報告

アターバキー氏は、ヨーロッパに拠点を置き、イラン、トルコ、中央アジア、コーカサスに関する多くの仕事をされているイラン出身(アゼリー人)のライデン大学教授であり、主に、比較史を中心に研究されている。今回の来日は東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所の招聘によって実現した。

氏の講演は、ソ連崩壊後に中央アジア諸国、特にウズベキスタンにおいて、国家による公定の歴史が編纂されていく過程を検討するものであった。氏の講演を要約すると、以下のようになろう。ソ連解体後の中央アジアにおいては、歴史が政治的な目的、すなわち、新たな国家のアイデンティティの創造のために利用されている。現在、中央アジア5カ国は、それぞれにナショナル・ヒストリーの創造に取り組んでおり、例えばウズベキスタンにおいては、ティムール朝の創立者ティムールがウズベク人の英雄として再評価されている。一方では、ティムール朝ののちに現在のウズベキスタンにあたる地域を支配したシャイバーン朝とブハラ・ハン国、ブハラ・アミール国については、選択的に「記憶喪失」されている。しかし、このような中央アジア各国の公定の歴史は、過去における個々人の重層的なアイデンティティを排除しており、実際の歴史とはかけ離れたものである。公定の歴史が政治に資するのは一般的な現象ではあるが、それが中央アジアにおいては非常に顕著に見られるのである。

この講演は、氏が中央アジア各国、特にウズベキスタンにおいて公定の歴史を編纂する過程にオブザーバーとして参加した経験に基づいて、また、実際に中央アジアで利用されている教科書を材料として行われたものであり、多くの具体例を交えて語られた。中央アジア諸国における公定の歴史の創造に関してはこれまでにも様々に語られてはいるが、実際に現地で公定の歴史が創られていく現場に立ち会った人物の言葉には非常な説得力があった。氏は中央アジアだけではなく、さらに広い範囲での同種の調査プロジェクトに参加されているということであり、今後、中央アジアの事例が、各地の公定の歴史形成過程との比較の視点から改めて検討されることを期待したい。
Page top