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第12回中央ユーラシア研究会報告
小沼孝博(学習院大学東洋文化研究所・助教)

 概要

  • 日時:2008年9月27日(土) 13:00-17:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス山上会館地階会議室001
  • 報告者:
    1. 熊谷瑞恵氏(学術振興会特別研究員)「イスラーム文化圏におけるつきあいと住居−中国新疆ウイグル族の事例から−」
    2. アディナ・アンワル氏(甲南大学大学院)「日本における中国ウィグル族の異文化体験に関する考察−関西地方在住のウィグル族を事例として−」

 報告

第12回中央ユーラシア研究会ポスター(PDF)
今回の中央ユーラシア研究会では,新疆ウイグル族に関する二つの報告がなされた。一方が日本人による新疆ウイグル族の研究,もう一方がウイグル族による在日ウイグル族の研究,というユニークな組み合わせであった。

一人目の報告者である熊谷瑞恵氏は,文化人類学的手法にもとづき新疆ウイグル族の生活文化の研究に取り組んでいる。今回の報告は,新疆西部のカシュガル地区での現地調査から,ウイグル族の居住空間の"なりたち"を検討した。まず報告者は,ウイグル族の住居には固定された部屋の名称が存在せず,住居内における空間の区分・役割分担が曖昧かつ流動的であると指摘する。そこからは,日本の住居に見られる「寝室→居間→客間」のような「私的→公的」という方向性は確認できない。しかもこの現象は居住者間のみでなく,訪問者を迎えた場合の居住者−訪問者間においても同様に観察できる。その反面,夫婦の間柄を除いて,住居での男女の区別は厳格である。さらに「訪問」を通じて居住空間内で行われる「つきあい」に注目した場合,それはほぼ女性同士のものに特化されるという特徴が見られる(男性同士は屋外)。以上にもとづいて,ウイグル族の住居空間は,男女という区分によって構成される場としてモデルすることができると結論した。

熊谷氏の報告は合計13ヶ月にも及ぶ現地調査の成果にもとづくものであり,詳細かつ具体的なデータの提示は圧巻であった。また,参与観察によって耳にした日常的なウイグル語会話を判断材料とする手法が一貫して採られ,その主張には説得力があった。ただし,提示された会話のローマ字転写は,やや正確さを欠いていた感があった。いずれにせよ,今後の研究の深化が大いに期待できる報告内容であった。

二人目の報告者であるアディナ・アンワル氏は,新疆ウイグル族の日本社会への適応過程における文化変容・文化葛藤を取り上げた。世代や来日理由の相違に注意を払いながら在日ウイグル族の概況を述べた後,インタビュー調査の結果にもとづいて在日ウイグル人の抱える諸問題を分析した。先ず,日本社会への適応に影響を与えている要素として,出身地の相違(都市 農村,南新疆 北新疆)と,教育環境(「民考漢」 「民考民」)の二点を指摘し得る。特に後者に関して,「民考漢」出身者(漢語学校で学んだ少数民族)と「民考民」出身者(民族語学校で学んだ少数民族)とでは,日本文化への接近,日本語習得の速度,ウイグル族同士の関係構築,及び中国出身の他民族(主に漢族)との関係構築など,あらゆる面において相違が生じている。他方,多くの在日ウイグル族からは,葛藤をともなった民族意識の再生産という現象が観察できることを,来日後のイスラーム信仰および実践に対する意識変化を主な例に挙げつつ説明し,それを本来的なエスニック社会とホスト社会との対比の中で生じたアイデンティティー形成の事例として指摘した。

日本におけるウイグル族の異文化体験,及びそれにともなう行動面・心理面での自己変容のいう視点は,従来の新疆ウイグル族研究には見られなかった新たな視点である。また,個人レベルまで掘り下げて分析がなされており,大変興味深いものであった。一方で,内容が具体的であるが故に,在日ウイグル族コミュニティーというものが,ほかの在日外国人コミュニティーとどのように峻別され得るのか,という疑問も残った。また報告において,中国の急速な経済発展をふまえ,経済的チャンスをつかむことを帰国の第一理由とするウイグル族が増加しているという指摘がなされた。日本という異質な社会を経験したウイグル族は,本来の中国・新疆・ウイグル社会に立ち返った後に,いかなる自己変容を遂げるのかという点は興味を引かれる。報告者には継続的観察と追跡調査を期待したい。
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