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第5回中央ユーラシア研究会報告
松井太氏(弘前大学人文学部)

 概要

  • 日時:2007年5月26日(土)、13:30〜17:30
  • 会場:東京大学本郷キャンパス山上会館203号室
  • 報告者:赤坂恒明氏(早稲田大学)
  • タイトル:「カラホト文書と元朝下のチャガタイ王族」

 報告

モンゴル時代に東西トルキスタンを支配したチャガタイ=ウルス とは別に、元朝支配下の甘粛河西地域にも少なくないチャガタイ系諸王 家が割拠していたことは、ペルシア語系譜史料と東方漢籍史料を精査した杉山正明氏の一連の研究によって明らかにされている。今回の赤坂氏の報告は、さらに多くのペルシア語・テュルク語系譜資料や、近年ようやくその全貌が公表されつつあるサンクトペテルブルク所蔵のカラホト出土漢文文書にまで調査対象を拡大し、河西の東方チャガタイ諸家の系 譜関係および彼らの動向をより微細・詳細に明らかにしようとしたものである。

報告内容は多岐にわたるものであったが、特に評者に重要と感じられたのは、(1)これまでジョチ=ウルスへの封王号とされてきた寧粛王が、実は河西チャガタイ家の一系に与えられたものであること、 (2)同じく河西チャガタイ諸家の一枝の柳城王家が東トルキスタンのル クチュンに根拠したこと、である。(1)の点は、ペルシア語系譜 史料とカラホト漢文文書とを緻密に対照させ、時には両者の校訂にまで 及ぶもので、まことに手堅い文献学的実証といえる。いまだに不明瞭な 元代後期〜末期の甘粛河西の政治状況を再構成するためにも、依拠すべ き基礎的作業となるだろう。一方(2)の点は、ルクチュン及び東 部天山地方を明瞭にチャガタイ=ウルス領とみなす『経世大典』 輿地図など、諸史料から示唆されるモンゴル時代東トルキスタンの政治 史的状況とはかなりの程度に齟齬する。これらの反証をもふまえた上での議論が期待される。

なお、本報告の内容は、すでに論文化されて『西南アジア史研究』 66号 (2007年3月)への掲載が決定しているとのことであ る。こちらの論文もあわせて参照されたい。
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