2009年度第8回研究会:
 「中東民主化研究班」第3回研究会
 

  日時: 2010年1月9日(土),14:00時から18:30時
 場所: 東京大学東洋文化研究所会第一議室
 報告者・報告題目: 辻上奈美江(日本学術振興会)
      「サウジ・アラビアにおける民主化の行方ー2001年~2009年」

           吉川卓郎(立命館アジア太平洋大学)
      「カタルの民主化とは何か:ハマド首長体制の完成と今後の展望」


報告者①辻上奈美江 氏(日本学術振興会) 200分-350
    
出張報告「サウジアラビアにおける民主化の行方―2001年~2009年―」

9.11以降のサウジアラビアは、拡大中東構想をはじめとする国際的な民主化要求を突き付けられたほか、国内の治安の不安定化、改革派による政治改革の要請など多くの課題に直面した。これらを解決する手段として政府が用いたのは、テロ掃討における米国への積極的協力のほか、地方選の導入や内閣再編などの政治改革であった。サウジアラビア政府は、国内では、全国規模の地方選挙を実現したほか、国民対話会議センターの設立や人権組織の設置など、2005年までに次々と政治改革を行った。しかし、メディアを活用したいわゆる民主化戦略の裏で、近年になって実際には民主化を戦略的に忘却の方向へと導いていることが明らかになってきた。その証拠に、第二次地方選が予定されていた2009年の閣議では、突然地方評議会議員の2年の任期延長が決定し、地方選が事実上延期されたほか、2006年に諮問評議会を通過した市民社会に関する法案は、閣議では未だ中に浮いたままとなっている。

辻上氏の議論によれば、このような戦略的な民主化忘却は、複数の理由によって可能となった。たとえば、対外的な理由として、ブッシュ前大統領の拡大中東構想は、サウジアラビア以外の国・地域が不安定化するにしたがって、同構想におけるサウジアラビアの重要性は事実上希薄化したことが挙げられる。そして、サウジ政府は民主化を戦略的に忘却する代わりに、宗教間対話、文明間対話、科学技術教育に代表されるような宗教改革へとシフトしている。宗教間対話、文明間対話を行い、科学への取り組みをアピールすることによって、国家の近代性を知らしめ、内外からの民主化要求をそらす機能が働いている。そして、アブドゥッラーの国王就任後初となる2009年の閣僚再編では、一部の大臣を後退させたのに加えて、その他の主要ポスト人事も再編した(勧善懲悪委員会トップの交代、最高司法評議会議長の交代、最高裁判所裁判官9名の任命 、その他の裁判所人事の再編、さらには最高ウラマー評議会も再編)。また、サウジ政府が民主化をあえて忘却したかった背景には、後継者問題もあるだろう。

辻上氏は、現在のサウジアラビアの民主化の状況について、西欧政治に立脚した民主主義ではなく、イスラームに則った「シューラー」をアピールする方向へと移行しつつあるという。報告では、そのひとつの例として、諮問評議会議員のデータを元に、国王への進言機関の議員たちの地域的、社会的な分布を詳細に調べあげた結果が示された。このような視点から諮問評議会議員のデータの読み込みと整理を行った研究は、サウジアラビアの政治研究ではおそらく初めての試みであるだろう。本報告は、同国における民主化研究の新たな地平を垣間見るような研究報告となった。



報告者②吉川卓郎 氏(立命館アジア太平洋大学) 400分-600
 「カタルの民主化とは何か:ハマド首長体制の完成と今後の展望」

カタルは人口140万人の小国である。その大半は外国人労働者や移民であるといわれている。同国は、極小国家ゆえに、小さな社会(部族間の協力)が形成され、英国との関係を築いたサーニー家の支配が確立される一方、資源レントを原資にしたクライエンテリズム強化が体制内で機能し、強力な対抗勢力(有力商人層等)の不在から、政権は安定して推移してきた。他方、国際関係史をひもとけば、カタルはその過酷な気候条件、地政学的に低い重要度から地域覇権勢力間の争点にならず、隣接する大国サウジアラビアによる吸収からも逃れたといえる。

こう述べて吉川氏は、報告の前半では国家の形成について、後半では、現状分析を行った。同氏は、現在のハマド首長(当時は皇太子)による宮廷クーデター(1995)によって親サウジアラビアから、親米路線へと外交戦略は変化しつつあるが、それは、戦略的な近代化政策への一環でもあると説明する。ハマド体制は、国外に対しては、米国による支援と米軍プレゼンス、GCC諸国との連携 、対外援助を通じた支持を獲得し、国内においては福祉国家的性格とクライエンテリズムを強化しているが、吉川氏は、これらの要素に加え、国家のブランド化戦略も体制強化に寄与していると述べる。近代的建築の建設や、美しいカラーリングを施した航空機・航空網による世界戦略、また、アラブ世界で表現の自由、教育システムの近代化と女性の社会進出を積極的に認める姿勢などが、国内外で近代国家イメージ戦略の成功を導き、それが縦糸と横糸になって体制を強化しているのだという。 

他方で諮問評議会改革が掲げながら、総選挙が先送りされるなど、問題は山積しており、同国民主化の動向を注意深く見守る必要があるという。一連の政治改革は、ハマド体制がクーデターによって形成されているということと無関係でない。政治的自由化を推進し、法と制度を確立することによってクーデターを回避する動きともとれなくはないからである。為政者が自ら歩んできた道を警戒するのは当然である。まさに同国の体制強化と民主化の均衡点はここにあるといっても過言ではないだろう。

わが国における同国の民主化研究は、吉川氏が先駆的役割を果たしているが、同氏の研究は、湾岸地域における民主化の分岐点の一例として中東政治研究に新たな比較の視座を提供することになろう。

                    (文責 福富満久)




                        NIHU Program: ISLAMIC AREA STUDIES
                          IAS Center at the University of Tokyo (TIAS)
                                            
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  Structural Change in Middle East Politics