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【解説】第一次世界大戦期プロパガンダ・ポスター
~益田コレクション~

 本コレクションは、第一次世界大戦期に戦意発揚・戦時公債などを目的としてフランス(11点)、イギリス(6点)、オーストリア(4点)、イタリア(4点)、アメリカ(2点)、チェコ(1点)でそれぞれ発行された紙製ポスター 合計28点から構成される。
 同種のコレクションとしては、本学情報学環がすでにデジタル・アーカイブとして公開している661点のポスター(第一次世界大戦期プロパガンダポスター・コレクション) が知られるが、本コレクションはこれと別系統の伝来をもつ資料であることが、西洋史学研究室の調査により判明した。

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 すなわち情報学環のコレクションは、両大戦間期に外務省情報部が海外から収集したポスターの一部であり、第二次大戦後に外務省から東京大学新聞研究所に移管されたものと推定されている。同研究所はやがて社会情報研究所へと改組され、さらに大学院情報学環に合併されて今日に至り、所蔵資料もそのまま継承された。

 これに対して、西洋史学研究室の所蔵する本コレクションは、東西電球株式会社社長だった益田元亮氏が、第一次大戦後に渡欧した際、現地で購入したものの一部であり、昭和10年12月に日比谷の電気奨励館で開催された「欧州大戦当時の交戦国ポスター展覧」の出品目録に記されているポスター61点の一部であることが確認された。 当時は緊張する国際情勢のもとで、日本国内では戦意発揚のプロパガンダを欧米に学ぼうとする風潮が高まり、先の大戦期のポスターが注目されていたのである。

 この展覧会の翌年、昭和11年6月に益田氏は所蔵ポスター計77点を東京大学文学部に寄贈し、文学部では僅少な金額(1点につき1円~5円)を支払って形式上買い取る手続きをしたことが、 文学部図書室の図書原簿の調査から判明している。本コレクションを「益田コレクション」と命名する所以である。その後、昭和14年9月には東京朝日新聞主催の大戦期ポスター展が上野松坂屋で開催され、9月14日付同新聞にはその解説を林健太郎氏(当時本学文学部副手)が執筆した事実から、 おそらくこの時にも当該ポスターの一部が出品されたと推測される。

 しかしその後、本コレクションの存在は忘れられ、何らの保存・管理の配慮もなされないまま、文学部内の数箇所の書庫内に放置されて半世紀以上が経過した。ようやく平成18年になり、印刷博物館が翌年1-3月開催予定の特別展「モード・オブ・ザ・ウォー―東京大学大学院情報学環所蔵・第一次世界大戦期プロパガンダ・ポスター コレクションより」  を準備する過程で、同博物館長の樺山紘一氏から当該ポスターに関する情報を提供され、西洋史学研究室で探索を続けた結果、最終的に29点を回収することができた。再発見されたポスターは、長年にわたり放置された結果、塵埃や湿気による損傷がひどく、紙質も劣化していたので、慎重な修復作業が必要とされた。  

 最初に回収された21点については、印刷博物館の御好意により基礎的な修復・清掃措置がほどこされたが、その後に発見された8点は損傷の程度が深刻だったので、史料編纂所の工房で応急処置をした後、紙資料修復の専門業者に作業を依頼し、最終的には回収したポスター全29点を保存可能な状態にまで修復し、専用の保存フォルダに納めた。 それに必要な経費は、平成19-20年度西洋史学研究室運営費交付金から捻出した。

 益田コレクションの特色は、情報学環の所蔵品がアメリカ合衆国製のポスターを主体に構成されるのに対して、ヨーロッパ製、とくにフランス製のポスターが大きな割合を占める点にある。現存するフランス製ポスターは12点であるが、図書原簿によれば42点がフランス製であり、これは寄贈総数77点の55%に達する。  益田コレクションのうち数点は、情報学環所蔵のポスターと重複するが、大部分は独自の収集品であるので、その意味でも資料価値は高いと考えられる。

 この資料を本学文学部に寄贈した益田元亮氏とはいかなる人物だったのか。
 西洋史学研究室の調査によれば、同氏は明治13年山口県生まれ、明治37年東京帝国大学電気科を卒業、東京市外鉄道入社、後に東京鉄道、東京市電気局技師などを経て、池上電鉄取締役、江ノ島電鉄社長、小田急電鉄取締役、東京電灯理事、増野製作所取締役、関東配電監査役、神鋼電機監査役、東京電力監査役、電気クラブ理事長、東光電気社長、東西電球社長、東輝電気社長などを歴任、  電気業界に多くの足跡を残した人である。  人事興信録によれば、大正11年(1922年)11月に欧米諸国・中国・朝鮮を視察したと記載されているので、この時にポスターを購入したのかもしれない。  私人としては、書画骨董を蒐集、とくに茶器・陶器など茶道具を愛し、「夢仙人」「宣翁」の雅号を称したという。昭和34年(1959年)に紫綬褒章、昭和41年(1966年)に勲四等旭日小綬章を授与されている。

 このように貴重な資料を寄贈されながら、西洋史学研究室がそれに注意を払わず、適切な保管を怠ってきたのは残念なことである。寄贈総数77点のうち、回収できたのは29点にすぎず、残る48点の所在は不明のままである。歴史学が長らく文字資料のみを研究対象とし、図像資料には無関心だったことが、このような事態を招いた背景にある。 しかし今日の歴史学は、図像や音声、建築物や航空写真や考古学的発掘など、文字によらない多様な資料に依拠して研究を進めるようになっており、その視点から資料保存を考慮すべき段階に達している。

 以上のような過去への反省と未来への展望をこめて、本研究室は益田コレクションの再構成に取り組み、現在までの成果をキャプションの詳細な翻訳とともにデジタル・アーカイブとして公表し、研究者の利用に供することにした。 ここに至るまでの一連の調査と作業には、多くの人々の助言と協力をいただいた。

 印刷博物館館長の樺山紘一氏、同博物館学芸企画室の宗村泉・寺本美奈子両氏、東京大学情報学環長(当時)吉見俊哉氏、同学環技術補佐員(当時)小泉智佐子氏、グラフィック・デザイナー川畑直道氏には、初期の調査段階で貴重な情報と助言をいただいた。
 史料編纂所での修復作業は、同准教授の高橋慎一朗氏の好意により、史料保存技術室の技術職員・中藤靖之氏に担当していただいた。
 また、益田元亮氏の経歴に関する情報は、西洋史学研究室リサーチ・アシスタント(当時)青島陽子氏の熱心な調査により収集された。
 最終的なデジタル・アーカイブ化と文学部図書室ホームページへの掲載は、図書チーム主査(平成22年度まで)大山努氏と、後任の永嶺重敏氏の献身的な協力により実現された。
 さらに各ポスターのキャプション翻訳については、西洋史学研究室の大学院生・元大学院生諸君の協力に助けられ、またチェコ語ポスターに記された長文の宣言文の邦訳には、東京外国語大学教授・篠原琢氏のお手を煩わせた。御助力いただいたすべての方々に、この場を借りて厚く御礼申し上げる。

西洋史学研究室(文責:深沢克己)

©東京大学文学部・大学院人文社会系研究科

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