人生色々。会社も色々。
― ある中国語をちょっと習ったことがある冷凍食品メーカー社員の半日 ―
F
朝8時45分頃出勤し、缶コーヒーを飲みながら、〇〇百貨店で販売予定のお歳暮詰め合わせの見積書を作る。大小2通りのセットの中身をそれぞれ考え、商品名と短い宣伝文を付け、価格を計算する。
その作業がいくらも進まないうちに、私宛にやたら字のつぶれた中国語のFAXが数枚届く。それから中国に出張中の上司から電話が入り、「それを訳してすぐにB社のT部長にFAXしろ」とのこと。内容はレトルト食品工場の会社概要である。会社にはレトルト食品に関する資料はあまり無いので、インターネットで役に立ちそうなサイトを探し、ざっと読んで基礎知識と用語を頭に入れてから翻訳をする。完成までの間に注文の電話を受けて伝票の作成をすること2回。その他の電話3回。奥のテストキッチンで鶏団子の試作をしている先輩に頼まれて近所の八百屋まで生姜を買いに行くこと1回。中国より催促の電話1回。
後日何も言われなかったから、重大な誤訳は無かったのだろう。多分。
昼食には鶏団子のサンプルの余りを貰う。
「売れそう?」と聞かれる。即答せず。
それからテストキッチンの後片付け。
午後、再びお歳暮詰め合わせの見積書を作っていると、大切なお客様であるM社のMさんから電話が入る。
M「Fちゃん、「さんちぽー」のセールス用説明文、書いてくれる?」
私「「さんちぽー」、ですか(何ですかそれは)…?」
M「今度お宅に作ってもらうことになるんだって。」
私「はあ(そんな話全然聞いてませんよ)。」
M「うちのS課長がさあ、「Fちゃん(私の名前)に聞けば分かるんじゃないか」っていってたんだけどなあ。」
私「はあ(結局誰も何も知らないんですね)。」
M「じゃあ今日中にお願いね。」
受話器を置いてお歳暮詰め合わせの見積書の作成と稟議書回覧とFAX送付をさっさと終わらせ、30秒ほど考えてから、「さんちぽー」に取り掛かる。
私の会社で製造するからには、「さんちぽー」はおそらく、冷凍可能な中国がらみの加工食品であろう、と推測することが出来る。そこで本棚から点心や小吃のレシピ本をひっぱり出し、目次を見て「さんちぽー」と読めそうなものを捜す。どうも「生煎包」(上海の焼き饅頭)があやしい。上海語の字典は会社に置いていないのだが、念の為、『広州音字典』で発音を調べると、やはり「sang1jin1bau1」である。一応Mさんに電話で確認したところ、「それでいいんじゃないの。」という回答を頂く。以前中国に出張した時に買った本や、自宅から持ち込んだ本を参考にして、A4半分位の長さのものを書く。午後は比較的電話が少なく、あまり中断されずにすんだ。
数日後、M社より「生煎包」の正式オーダーが入り、ひそかにほっとする。
3時になると、総務のSさんが各机にボタモチを配給。〇〇百貨店用詰め合わせの見本発送の為の伝票を書きながらありがたく頂く。(だから働けど働けど体重が減らない。)その時、鶏団子の先輩が、「これ、先週中国に行った時にZちゃんから貰ったの。誕生日のプレゼントだって。」と、ビーズで編んだショッキングピンクの小さな手提げを見せてくれた。
Zちゃんは中国の工場で働いている工員の女の子で、先輩がその工場で商品開発の研修をしていた時に仲良くなったのだそうだ。私自身も「自社製品をよく知るために」ということで、1回半日、数日間生産ラインに入って、Zちゃんに教えてもらいながら働いたことがある。食品工場の中は雑菌が繁殖する場所を極力少なくする為に不必要な物を置かない。作業台は置かない訳にいかないが椅子は無いので、ずっと立ち仕事だった。Zちゃんはそんな場所で日によっては午前も午後も働き、文字どおり眼にも止まらぬ早業で実に色々なものを作り出す。
「非番の日にまでこんな細かい仕事をしてたなんてねえ。」と先輩がいう。
先輩とは何度か一緒に中国に出張したことがあるが、その度にZちゃんとその友人のLちゃんと4人でご飯を食べて夜の街をぶらぶらした。先輩は中国語をちゃんと勉強したことが無いので、私に通訳させるのだが、ZちゃんとLちゃんの普通話は半分以上「あー」と「うー」で占められている。そして別れ際には必ず私に「白話(Zちゃんは広東語のことを何故か白話といっていた)を勉強してよ。」という。しかし私は未だに広東語を話せないままだ。
Zちゃんはあの当時でも既に他の工員さんより年上だったから(それでも20代だったが)、今はもう工場に居ないだろう。もう、広東省の山奥の村に帰って、工場で働いて貯めたお金で食堂でも開いているのだろうと思ったら、最近聞いたところによると、まだまだ工場に残っているという。ちょっと偉くなって、給料も上がったらしい。
※ 個々のエピソードはそれぞれ別の日に起きたことですが、エピソードの中身については固有名詞以外ほぼそのままです。
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