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2008年度版中文研究室紹介パンフレット掲載2005-6年映画ベスト10
藤井省三
私の中国語圏映画ベスト10(2005・2006年日本公開作品が対象です)
以前、東大中文ホームページに2003年と2004年の私のベスト10を載せたので、今回はその後二年間のベスト10を書かせて下さい。
2005年
1 賈樟柯監督『世界』
2 侯孝賢監督『スリー・タイムズ』(その後『百年恋歌』と改題されてロングラン)
3 爾冬陞監督『ワンナイト・イン・モンコック』
4 『恋する地下鉄』
5 安戦軍監督『父さんの長い七月』
6 『趙先生』
7 『緑の帽子』
8 陳俊志監督『非婚という名の家』(無偶之家、往時之城)
9 馮徳倫(スティーブン・フォン)監督『ドラゴン・プロジェクト/精武家庭』
10 『インファナル・アフェアV』
高度経済成長中の北京はパリ、東京など世界の大都市を安直に模倣し、公園はお手軽なコピー建築であふれ、若い民工たちは大都の孤独に侵されています。そんな現代北京の青春を描いた大傑作『世界』を第一位に押す次第です。第二位『スリータイムス』では巨匠侯孝賢が再び台湾の過去を描き始め、それに舒淇が見事に応えていました。第三位『ワンナイト・イン・モンコック』は香港人の目から香港に流れ込んでくる下層大陸人を共感を以て描いており、大いに共感を覚えました。蓮っ葉なしかし苦労人で情に厚い娼婦をセシリア・チャンが熱演していました。2006年1月にシンガポールで見た香港喜劇映画“Shopholic”でも彼女は買い物狂を好演しており、『プロミス(無極)』のような無恥無惨な映画に出ていなければ主演女優賞ものなのですが(笑)。
『恋する地下鉄』とは徐静蕾主演の2001年作『開往春天的地鉄』のことです。私は2002年9月にこれを北京で見ておりまして、それ以来徐静蕾に関心を抱くようになりました。" Spicy Love Soup "の彼女は詰まらない役でしたので、昨年12月『すばる』のために彼女にインタビューするまで気づかなかったほどです。苦みのある中国青春映画の佳作として、また初めて本格的に地下鉄を舞台にした中国映画として高位に掲げる次第です。
『父さんの長い七月』(『看車人的七月』)も北京で2003年10月に見ました。徐静蕾のような深みのある若手女優は出てこないものの、中年・青年の男優達が熱演し、北京下層中産階級の親子関係と恋愛とを良く描いていました。父親の料理の場面、質素な朝食夕食、自転車を飛ばし何事にも体当たりでぶつかっていく息子のひたむきさ、さらには父親と花屋女主人との未完の結婚、ベッドをめぐる会話など細部も良く描けていたと思います。ただし、花屋のヒモのような夫が些か非現実的なのに不満を覚えました。
『趙先生』も高校の理科担当(?)教員とその妻・愛人との三角関係を描いた映画で、ペーソスたっぷりの作りでした。『緑の帽子』は銀行強盗がプラトニックラブで、刑事が肉欲にこだわるというすれ違いが面白いのですが、『海鮮』と共に中国警察の底なしの腐敗ぶり、という中国人の警察イメージもうかがえて興味深いものがあります。中国でもこのような現代社会を扱うエンターテインメントにして問題提起をも行う良い映画が撮られており、もう少し日本でも上映して欲しいものです。
『生命』には去年投票したので今年は『非婚という名の家』をトップ10に押しましょう。台北の中年ゲイが共同生活をするサウナ従業員宿舎をめぐるドキュメンタリーで、台湾における記録映画の水準の高さをよく示すものです。今年度から東大中文で台湾映画論を講義して下さっている三澤真美恵さん(日大助教授)が、講義に陳俊志監督をゲストとしてお呼びになったので、私も監督のお話しをうかがうことができました。
『ドラゴン・プロジェクト/精武家庭』は退休した元特務工作員を主人公としたカンフー映画ですが、国家や組織よりも親子愛や兄妹愛が第一という香港らしい家庭映画でもあり、黄秋生(アンソニー・ウォン)の健気な片親役や、アイドル鍾欣桐(ジリアン・チョン)のお茶目でツッパリの女子高生ぶりが楽しめました。『インファナル・アフェアV』はトップ3に入って然るべきなのですが、一昨年昨年と続けて同T・Uを一位二位に押したので、今年パートVは名前を挙げるだけに留めます。
さて監督賞はやはり『世界』で新しい境地を開いた賈樟柯、主演女優賞はもちろん『スリー・タイムズ』で三つの時代を生きる台湾女性を演じた舒淇に、主演男優賞はアホな映画に出演して惜しくも主演女優賞を逃したセシリアの替わりに、さんざん殴られ血を流したダニエル・ウーに(笑)。徐静蕾は今や押しも押されぬ中国四大女優であり有望な新進監督なのですが、『恋する地下鉄』の当時はまだ新人に属しましたので、今年の金蟹賞新人賞には彼女を推薦する次第です。
2006年
1 『孔雀』 顧長衛監督
2 『ウォ・アイ・ニー』 張元監督
3 『三峡好人』 賈樟柯監督
4 『蟻(アリ)の兵隊』 池谷薫監督
5 『父子』 譚家明監督
6 『ウィンター・ソング』陳可辛〔ピーター・チャン〕監督
7 『玲玲の電影日記』 小江監督
8 『胡同のひまわり』 張揚監督
9 『アザー・ハーフ』 応亮監督
10 『黒眼圏』 蔡明亮監督
2006年に日本で公開された映画は76本とのこと、そのうち私が去年の日本ないしは一昨年以前に外国で見た映画はわずかに16本・・・・60本も見逃していたのかと思うと、慚愧に堪えません。まあ、中国語圏の諸都市で日本未公開の作品を十数本見ているのですが。
さて第1位に選んだ『孔雀』はケ小平時代開幕期の1977年から1984年までの、姉と兄とそして語り手の弟自身の青春を描いた傑作です。現代中国が始まった70年代、現代中国が若かった頃の手探りの感覚や予感のような夢がみずみずしく描かれています。第7、8位の『玲玲の電影日記』『胡同のひまわり』も文革から現代までを描いており、現代中国人が高度経済成長の現在から30年前を振り返ると、意味深長に思い出されるのでしょうか。日本の『フラガール』などの60年代回想映画ブームと比較してみるのも面白そうです。
第2位『ウォ・アイ・ニー』は徐静蕾が熱演する80年代の北京の青春を描いた映画です。第5位の『父子』も譚家明(Patrick Tam)監督が70年代でしょうか、マレーシアの華人社会を舞台に母が家出してしまった父子家庭を描いた作品で、悲しき熱帯の色彩が深い印象に残っています。
第3位『三峡好人』と第9位の『アザー・ハーフ』は高度経済成長路線を狂奔する現代中国を冷静な視点から描いたドキュメンタリー風作品、第4位『蟻(アリ)の兵隊』は日本映画ですが、日中戦争という日本の対中侵略戦争を日本人兵士の視点から描いたドキュメンタリーの傑作でした。
第6位『ウィンター・ソング』は2005年12月に上海で見ました。良くできたエンターテインメント映画で、女優を演じる周迅が大変魅力的です。第10位『黒眼圏』はいかにも蔡明亮という作品で、彼の故郷であるマレーシアが舞台で、若い華人の男女とインド人との三角関係が意味深でした。
『百年恋歌』『柔道龍虎房』『胡同(フートン)愛歌』も高位に入れたい作品ですが、2004、2005の各年に投票したので、今回は涙を呑んで見送ります。孫雲昆監督『ようこそ、羊さま。』も現代農村を描く佳作でした。
監督賞には監督第一作の『孔雀』を撮った顧長衛監督、主演女優賞には『ウォ・アイ・ニー』で愛することの不安を熱演した徐静蕾、主演男優賞には『三峡好人』で寡黙な炭坑夫・ビル解体労働者を演じた三明〔ルビ:サンミン〕、助演男優賞には『父子』の子役の少年、助演女優賞には『深海 Blue Cha-Cha』のバーのママ役を演じたルー・イーチン(陸奕静)、そして新人賞には同じく『深海 Blue Cha-Cha』で愛されないことの不安を熱演した女優のターシー・スー(蘇慧倫)を推します。