北京初心者が語る、失敗しないバスの利用法講座 博士課程 鈴木弥生
これは、ある北京初心者が、2008年2月の旅行中に体験したことをもとに、同じ初心者のために書いた、北京市内でのバスの利用マニュアルである。
なぜバスなのかというと、北京ではバスが非常に重要な交通手段だからである。もちろん、北京には地下鉄もタクシーもあり、それぞれ大変に便利なのだが、地下鉄は限られた区域しか走っていないこと(現在、鋭意増設中ではあるのだが)、タクシーは初乗り10元(≒150円前後)と、日本の相場よりははるかに安いものの、やはり交通手段としては高くついてしまうことが難点である。そうなると、自然、北京市内の移動では、バスを最も頻繁に使うことになる(なお、地下鉄には一部地上を走る区間も存在し、「地鉄(地下鉄道)」に代わって「城鉄(城市鉄道)」という表現が定着しつつあるという)。
だが同時に、北京のバスには、日本のバスとは違う点がいろいろとある。その違いは、うっかりすると乗りそこね、あるいは降りそこねという悲劇につながりかねないほど大きい。誇張ではない。なんと言っても、筆者がみずから体験してきたことなのである。
というわけで、これから北京に行きたいという方々が、同じ失敗をすることがないよう、老婆心を発揮したしだいである。
なお、バス事情は中国国内各地でさまざまだと思われるが、筆者は北京および南京しか知らないため、ここではあくまで北京市内の事情にしぼって語ることにする。ご了承いただきたい。
○バスの種類
バスには、空港から市内へ入るためのリムジンバスや、長城など郊外の観光地に行くための観光用バスなど、いろいろな種類がある。その中で、最もお世話になるのが、市内を縦横に走る路線バスである。その路線は500本以上をかぞえ(地元の地図による。留学中のQ氏のカウントによると、560本前後あったとのこと)、それらを乗りついでいけば市内のほとんどの場所に行くことができるから、徒歩圏外の場所に行くには必需品となる。
ここでは、路線バスを中心に、筆者が利用したリムジンバスについてもお話しすることにする。
○運賃
近郊路線バスの運賃は、原則として1元(≒15円前後)、12kmを越えてからは2元というのが目安だが、距離にかかわらず全線1元、という場合もある。また、路線によっては、「空調付きのため2元」というバスが走っている。いずれにしてもかなりお得である。中国のバスでは車掌さんから切符を買うので、その時に自分が降りる停留所名を告げれば、向こうから運賃を言ってくれる。
路線バスは1〜2元、地下鉄はどこに行くにも2元であり、どちらもよく利用することになるから、1元札またはコインを数枚、ポケットなどすぐ出せるところに入れておくと便利である。
○時刻
路線バスには、特に発車時刻はさだめられていない(これは地下鉄も同様)。だいたい10〜20分間隔で運転されているものと思われる。筆者の場合は、5泊6日の北京滞在中で、待った最長時間は15分くらいだった。
ただし、ラッシュ時にはこのかぎりではないと考えた方がよい。ラッシュ時は、だいたい朝は7時〜9時半ごろ、夕方は5時〜7時くらいというのが目安だが、同じ北京市内でも、地域によって混みあう時間帯が異なるので、注意しておこう。
○停留所を探す
路線バスに乗るには、まず停留所に行く必要がある。目的地への進行方向や停留所名を、地図やガイドブックなどでしっかり確認してから、もよりの停留所を探そう。停留所の数は4000ヶ所以上になるそうなので、市内に宿をとっているのなら、徒歩圏内に必ず停留所があると考えて大丈夫だろう。乗りつぎが必要な場合も多いから、乗りかえ停留所の把握も忘れずに。また、当然のことながら、中国では自動車の走る側が日本と左右反対だから、これも計算に入れておかないと、向かう方向をまちがうことになるので、注意が必要だ。
停留所には全停留所一覧表があるので、バスの路線番号はそこで確認できる。ただし、前述したように、路線バスの本数が非常に多いため、1ヶ所の停留所に停まる路線の種類が、時には10本を越えることもある。場合によっては、1ヶ所の停留所ではおさまらず、同じ通りにある同じ進行方向のための停留所が、複数に分かれていることもある。進行方向は合っているはずなのに、全停留所一覧表に自分の乗りたい路線が見あたらない、ということがあったら、(1)一覧表の看板の裏側を見る(本数が多いと、一覧表が両面にわたっていることがある)、(2)同じ通りに別の停留所がないか探す(数十m以内に複数の停留所があることも珍しくない)という方法を採ってみよう。
○バスに乗る
現地の人たちは、基本的に停留所で列をつくるということをしない。停留所にはつねに人の群が存在し、新しく来た人はそこに適当にまぎれこみ、お目当てのバスが来たら、バスの入口に近い人からどんどん乗っていく、という流れが基本である。だから旅行者も、特に停留所に来た順番など気にせず、ただ人の流れに沿って乗りこめばよい。
こうなるのには、1ヶ所の停留所に停車するバスの本数が多いため、路線ごとに列などつくっていられない、という事情があるのかもしれない。ただし、大きな停留所では、路線ごとに規定の乗り場が分かれている場合があるので、その時は乗り場をまちがえないように注意しよう。
筆者が見たかぎりでは、乗客たちが押し合いへし合いしたりすることもなく、トラブルも見かけなかった。列はつくらなくても、そこにはきちんと秩序があるのだ。だから旅行者も、遠慮することなく、かつ礼儀正しく乗れば問題ない。
気をつけなければならないのは、うっかり人の流れに乗りそこねると、バスに乗れなくなってしまうことである。路線バスではなく空港から市内までのリムジンバスであったが、筆者と同行のTさんは人の流れを把握できず、2回もバスに目の前で行かれてしまった。経験していないからわからないが、路線バスでも、ラッシュ時などは要注意なのかもしれない(人の流れ自体には乗れても、すぐに満員になってバスに乗れなくなるケースもあるそうな)。もとより、観光客は初めからラッシュ時を避けて移動するべきだろう。
余談だが、「毎月11日には排隊(列をつくる)しよう!」というキャッチフレーズを停留所で見かけたが(なぜ11日なのかというと、「11」が並んでいる2人の人間に見えるかららしい)、旅行日程に11日は含まれていなかったため、本当に毎月11日にかぎって列がつくられているのかどうかは、さだかではない。
○切符を買う
乗りこんだら、車掌さんから切符を買う。車掌さんは肩にワッペンのついた青い制服を着ており(ただし、筆者が行った時には、季節がら、その上からコートなどをはおっている人が多かった)、四方を手すりに囲まれた専用の立ち場所にいて、たいがい向こうから声をかけてくれる(中年女性が多いようだ)。乗客は行き先の停留所名を告げてお金を払い、切符をもらう。行き先の停留所名の発音に不安があるむきは、紙に書いて見せればまちがいないだろう。切符はごく薄い紙片で、そのまま持ちかえってよい。
現地の人は、ほとんどがICカードで精算を済ませているので、よほど混雑しているか、観光客ばかり団体で乗りこんでいるというケースでもないかぎり、切符を買うのにそれほど待たされることはないと思われる。
○バスを降りる
バスを降りるのが、実は一番の難関となる。なぜなら、停留所が近づくと、車掌さん、もしくは既製の車内アナウンスが「○×站到了!(○×停留所に着きます!)」と言ってくれるのだが、これが相当に聞きとりづらいからである。筆者たちも、「増光路西口」に行こうとしてバスに乗り、「増光路」や「西口」に気をつけて車掌さんの言葉に耳を澄ませていた結果、「百万荘西口」やら「増光路東口」やらで降りそうになり、あわてたものである。また、筆者たちが空港から乗ったリムジンバスは、途中から運転手さんが一気にノンストップで終点まで行ってしまい、途中で降りる予定だった筆者とTさんを、夜の街で途方に暮れさせることになった。どうも「みんな終点まで行くよね? じゃあもう終点まで停車しないよ」と言ってくれていたらしいのだが、長旅でへろへろになった外国人に、そんな言葉を聞きとる余裕があるわけないのである(と言い訳)。
バスによっては停留所名を電光表示してくれるものもあるのだが、これが停留所とリンクしていない(つまり、運転手さんが活用してくれない)時もあるので、あてにしすぎるのは禁物である。
よって、確実に目的地で降りるためには、車掌さんに(リムジンバスは車掌さんがいないので、運転手さんに)自分の降りたい停留所名を告げ、「着いたら知らせてください」と頼んでおくのが、一番てっとり早い。ただし、あまりに混雑していたら、車掌さんにも余裕がないだろうから、ラッシュ時などにはお勧めできない。というより、前述したように、観光客はラッシュ時を避けるのが一番であろう。
また、日本のように、乗客が降りることを知らせるブザーは存在しない。自分が降りることをアピールするためには、車掌さんまたはアナウンスの「下一站○×、下車做好準備!(次は○×停留所です、降りる方はご準備ください)」という声に応じて、立ちあがって降車ドアまで歩いていく、もしくは「下!(降ります)」と声をあげる必要がある(特に後者は有効且つ必須)。日本でなら、停留所に着く前に立ちあがったりしたら、「走行中は移動しないでください」としかられるところだが、中国ではそんなことを言っていたら降りられない(もっとも、停留所に着くごとに、「降りる人はいませんか?」と車掌さんが確認はしてくれる)。運転手さんおよび車掌さん公認で走行中に歩けるからといって、安全だというわけではないから、手すりを伝って慎重に移動しよう。
こうして無事に降りたら、任務完了である。皆さん、おつかれさまでした!