留学院生歴難簿 京滬比較第八難 博士課程 上原 究一
さて、上海へ十日ばかり漫遊いたしましたる筆者、北京暮らしと比較してその感想やいかに。なお、タイトルの「滬」とは上海の別称で、北京−上海間の鉄道が「京滬線」と呼ばれたり、上海古籍出版社や上海書店などの本のために「滬版書」というコーナーを設けている本屋があったりとしばしば目にする。簡体字ではさんずいに戸と書き、発音はhu4。
閑話休題。上海にしばらくいて感じたことを一言にまとめると「ああ、東京っぽい」となってしまい、我ながら少なからず驚いている。以前旅行で上海に滞在した際には勿論「ああ、中国来たなあ」と異国情緒を満喫していたのだが、北京暮らしの途中で行ってみると、東京と似たところばかりが目についた。
まずは道。道がまっすぐじゃないのだ!北京では道路はかっきり直線・曲がり角は直角、というのが当たり前で、カーブらしいカーブには滅多にお目にかからない。このため、大きな道でも平然と曲線を描く上海の街並みには妙に懐かしさを感じた。更に、大通りでも北京よりぐっと道幅が狭い。おまけに羅森(ローソン。店員さんも見慣れた縞模様の制服)を始めとするコンビニが、東京並みにわんさかある。北京には24時間営業のコンビニはまだ少なく、日本でお馴染みの看板はセブンイレブンがたまにあるくらいなものなので、どこにいても少し歩けばコンビニが見つかるというだけで日本らしいと思ってしまうのだ。ましてそれが日本と同じ看板なのだからなおさらである。
次いで、気候。緯度の違いもあれば、海が近いのも手伝ってか、上海は乾燥していない。私は北京にいると秋から冬にかけては日々手荒れ・あかぎれと格闘する羽目になってしまうのだが、上海ではお肌つるつる…とまではいかないにせよ、手荒れに悩むことはなかった。気温も東京に近いようで、同時期の北京よりも上着一枚、下手すると二枚は少なくて済む感じであった。
東京っぽさの三点目は、タクシーに乗りにくいこと!…といっても、東京のように高くてとても乗れないというわけではない。前回も触れた通り北京より初乗りが1元高いだけだ。では何故乗りにくいと感じるのか。なかなか捕まらないのである。北京ではどんな時間でも大通りに出ればタクシーはすぐに拾えてしまうので、それなりに大きな道でもなかなか空車が通らないのには驚いてしまった。ただ、改めて考えてみると、これについては北京のタクシーが多すぎるのではないかという気がする。北京の渋滞は相変わらずひどい。朝夕のラッシュ時の主要幹線道路沿いは、1キロそこらなら歩いた方が早いほどだ。オリンピックに向けて渋滞解消策は当然検討されているというが、今のところその成果が目に見えてくるには至っていない。その渋滞の列のうち、少なくない台数がタクシー、それも空車なのだ。必要な時に必ずすぐ拾えるのは便利で嬉しいが、あまりにも台数が多すぎるために交通渋滞を更に悪化させているのだとしたら、これも考えものである。もっともタクシーには雇用の確保という側面もあろうから、そう簡単な問題ではないのだろうが…。
最後に、「東京っぽさ」からは離れるし、上海に限った話でもないのだろうが、「北京話」ではなく「普通話」が通用する、これは非常に大きかった(笑)。両者は一部の特殊な語彙を除けば基本的にはそっくりなのだが、北京人にはちょうど江戸っ子のべらんめえ口調のような、独特の訛りがあるのだ。ところが、なまじ普通話とそっくりなだけに、北京っ子は意図的に「普通話」を喋ってくれるということがなかなかなく、ひたすら北京訛りで押してくるのだ!北京に来てからかれこれもう一年四ヶ月ほどになるが、依然としてR化たっぷりに早口でまくしたてられると聞き取れないことが多いし、街中で道行く人の会話に耳を傾けても、単に自分の普通話の聴力が足りないために全く聞き取れないのか、それとも彼らがどこかの方言を喋っているから聴不懂なのかすら判別出来ないことがままある。ところが、上海ではそうではなかった。普通話ならば普通話だと分かって実力相応には聞き取れ、聞き取れないものはまず方言だろうと区別出来た(んだと思う)。更には、ちょっとした会話の後に「発音いいな」と言ってくれたり、それどころか「え、外人なの!?」と言ってくれた人までいた。自慢じゃないが、北京ではそんな体験は一度たりともしたことはない。口を開けばすぐ外人とばれるのはもちろんのこと、発音が通じずに「アァーァ?(2声)」と聞き返されることも、情けない話だが未だにしょっちゅうある。上海での体験は、それでも俺も少しは進歩してんのかなー、と思わせてくれた。これが北京人と上海人の気質の差によるものでないことを祈るばかりである。
以上、なんだか上海の方がいいところであるかのような文章になってしまったが、それでも北京を留学先に選んで良かったと思っている。学校や図書館や本屋などの研究環境の面を抜きにしても、だ。せっかくの異国暮らしだもの、どうせなら日本とは大きく違った環境を体験出来た方が面白いじゃないか!…そう言いながら、今日も臭くてベタベタなあかぎれ軟膏を両手に塗りたくる私であった。且聴下回分解。
2008年1月17日
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