留学院生歴難簿 再説交通第七難 博士課程 上原 究一
気が付けばこの連載ももうじき一周年(まだ七回目だが…)。一年前の第一難では北京の交通事情について取り上げたが、奥運会(オリンピック。「奥林匹克運動会」の略)を控えて交通の整備にはかなりの力が注がれており、この一年でかなりの変化があった。また、何度か旅行もして他の都市の様子も多少は知ることが出来たので、今回は再び交通事情をテーマに取り上げてみることにした。急激に変わり行く北京の今を少しでもお伝え出来れば幸いである。この一年での大きな変化は以下の二点だ。
(1)ICカード利用者へのバス料金の割引サービスの開始。
(2)地下鉄五号線の開通と、それに伴う地下鉄料金の値下げ。
(左:表面/右:裏面 クリックすると大きな画像が表示されます)
まず(1)から。第一難でも地下鉄・バス・タクシーの共通ICカード(「市政交通一卡通」という。写真参照)については触れたが、当時はまだICカード利用によるバス料金の割引はごく限られた区間が8折(2割引)になるに過ぎなかった(それも執筆時は知りもしなかった)。それが、確か2007年に入ってすぐの頃だったと思うが、殆どの区間が4折(6割引!)、4折適用外の区間でも8折という大幅な値下げが断行されたのである。1元の区間ならたったの4角で乗れる(今時4角では包子の1つすら買えやしないというのに!)。このため、値下げ前から非常に高い普及率を誇っていたこのカード、最早北京に住んでいて持たぬ者はいないのではないかというほど当たり前のものとなった。更に驚くべきことには、本人写真入りの月極め学割定期を発行してもらうと、これが更に半額。2角でバスに乗れてしまうのだ。手続きが煩瑣なため日本人留学生は普通のカードで済ませているケースが殆どのようだが、中国人学生には当然非常に歓迎され、これまた誰もが持っている。
ところが、このカード利用による割引はバスにしか適用されない。従って、元々初乗り3元、区間によっては4〜5元の地下鉄が更に敬遠されるという問題が生じたようだ。そりゃそうだ、バスの7.5倍、学生にとっては15倍の値段となれば誰しも考えてしまう。しかし、日に日に深刻さを増すばかりの交通渋滞を解消するためには地下鉄の利用促進は必要不可欠である。そのためもあってか、そこで(2)、10月の地下鉄五号線の開通(一号線、二号線、十三号線に続く四本目の稼動で、旧城内東部を縦に貫通する。なお、正式には向こう一年間は試営業期間とのことである)に併せて、地下鉄料金は全線一律2元に値下げが断行された。なお、この五号線は当初の予定より三ヶ月ほど遅れての試営業開始であったが、オリンピックまでに更に2〜3路線の開通が予定されており、こちらは三ヶ月も工期に遅れるとオリンピックが先に終わってしまうので、現在急ピッチで工事が進められているらしい。
以上のように、この一年での交通事情の変化はICカードの普及と関係が深い。一方で、タクシーでも使えるようになるとの触れ込みだったこのカード、未だに使えるタクシーを見たためしがない。
ところで、こういったカードは北京以外の都市でも導入されており、天津・南京・鎮江・無錫・上海などで実際に見かけた。利用実態までは殆どの都市では数日の滞在だけでは良く分からなかったが、例えば無錫ではバス料金が8折になっていた。
但し、上海には資料調査のために十日ばかり滞在したのでかなりの情報が得られた。北京との違いは以下の通り。
(A)上海にはICカード利用によるバスの割引サービスは存在しない。
(B)地下鉄にも当然割引は無く、地下鉄料金は3〜5元のままである。
(C)上海ではほぼ全てのタクシーでICカードの利用が可能である。
(D)北京のカードは一種類しかないが、上海のカードは様々なデザインのものがある。
このため、上海で生活する際にかかる交通料金は北京におけるそれの数倍にのぼることになる。料金的なメリットが一切無いにもかかわらず上海でもカードはかなり普及しているようだが、毎回毎回小銭を探して料金を払う手間が省けるというカード本来の機能的側面に加えて、(D)によってお洒落感覚で普及が促進されているらしいのが上海の特徴を物語るようで面白い。デザインはあたかも一昔前のテレホンカードの如く非常に多岐に及んでいる模様であった。対して北京のカードは前掲の質実剛健なる(?)デザインのものと、運転免許証よろしき顔写真入りの定期としか存在しない。また、(C)について補足しておくと、メーターを倒すとそこがカードリーダーになっているという仕組みで、支払い時には師傅が必ず「カードか、現金か?」と聞いてきた。なお、上海のタクシーの初乗りは11元で、これも10元の北京よりも高い。地方都市では観光地でも初乗りは7元程度が相場のようで、北京が安いというわけでもないのだが、経済都市だけあって上海の物価は一際高いということだろうか。
なお、上海にしばらく滞在した経験は以前にも日本からの旅行という形であったのだが、今回は留学期間中ということで、日ごろ暮らしている北京との対比で見えてきたこと、感じたことが少なからずあった。それについては次回でもう少し触れてみたい。珍しく真正面から次回の予告をしてしまったが、ともかく且聴下回分解。
2007年12月15日
Q