留学院生歴難簿 北京烤鴨第五難    博士課程 上原 究一

 日本人が高級中華料理と言えばと問われて思い浮かべるものは何であろうか。アワビ、フカヒレ、そして北京ダック。こんなイメージがありはしないだろうか。私にもあった。

 確かに、日本でこれらを食べようとすると結構なお値段になるはずだ。そして、本場中国は北京においても、アワビやフカヒレ料理は高級な店なら一皿で優に数百元を数えたりするようだから(そんな店には殆ど入ったことが無いので良く分からないし、もちろん食べたことなどないのだが:笑)、最高級品となると一体どれだけするのかという代物である。ところが、北京ダック。こいつはちょいと話が違う。

 北京ダックこと「北京烤鴨」一匹分とタレ・皮・薬味のセット一套(セットものを数える量詞は「套」)、さていくらするでしょう?――そりゃまあ店にもよりけりであるが、北京名物だけあって烤鴨を出す店は街中いたるところにあり、安い店なら40元弱、そこそこお高くとまったレストラン風のところでも70元くらい、専門店でも中級チェーン店であれば50元前後、高級店でも200元には滅多に乗らず、普通100元・精品百数十元といった感じである。

 …といった具合で、実は北京ダックというのは、最高級店でダック全席でも頼めばともかく(やっぱりいくらするのか知らないが…)、一套で100元取るものは烤鴨としては高級なクチであり、ダック1匹頼むだけなら最高でもたいがい200元がいいところ。スープやら内臓やら頭やらを付けたってそれぞれせいぜい一皿数十元。つまり、アワビやフカヒレほど高いものではないのだ。今まで私が見た中では、烤鴨一套36元というのが最安値である(日本円にして550円ほど!)。もちろん、中国の物価を考えればこれでも決して気軽にほいほい食べられるような値段ではあるまい。かといってお金持ち以外にはとても手が出ないようなものではなく、比較的庶民的なごちそうと言えるのではないだろうか。何人かの中国人学生にも聞いてみているが、「烤鴨?便宜(pian2yi:安い)だよ!」という人はいても、「烤鴨は高級品だ!」と主張する人はいまのところいない。参考までに、私が殆ど毎日食べている格安の学食は牛肉拉面並3元(大盛り4元)・各種蓋飯5〜8元といった具合の価格設定である。街中の食堂ではだいたいその1.5〜2倍くらいが相場だ。

 さて、日頃の食事がそんなものであるから、私も時には贅沢がしたくなる日もある。そんな時には、ちょいと遅めに一人ふらりと食事時には混んでいる店に入り(混んでいる店には混むなりの理由が、空いている店には空くなりの理由があるのである…)、メニューをぱらぱらめくるふりだけし、おもむろに1ページ目に戻って「半套烤鴨」と一言告げる。半套というのは所謂ハーフサイズというやつで、面白いことにこれは中級ランクの店までは何故だか25元前後が相場のようで、一套38元の店のハーフサイズも、一套52元の店のハーフサイズも仲良く26元だったりする(もちろん、一套が60元以上する場合はこの限りではない)。因みに、こうした安い店の烤鴨と高級店の烤鴨の違いは、ダックそのものの質だの焼き方だのももちろんあるのだろうが、薬味に一番顕著に現れているような気がする。ガイドブックに乗っているような店では何種類もの薬味が出てくるのに対し、半套25元クラスだとぶつ切りにしたネギとキュウリ(何故かどこの店でも豪快な極太である。特にキュウリが凄い)しか出て来ない。ともかく、それだけ頼んで待つことしばし、半分と雖も一人ではちとしんどい量のこんがり焼けたアヒルちゃんがやって来る。これをなるべく熱いうちにとせっせと頬張る。終盤はお腹が膨れて苦しくなるが、それがまた「今日は贅沢したなあ」という大名気分をかきたててくれたりするから面白い。まあ、冷静に考えるとあんな脂っこいものを一人で一皿平らげるというのはかなり無茶苦茶なことに違いないのであるが、異国の地での暮らしの中ではたまにバカなこともしたくなるものなのだ。

2007年6月11日




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