留学院生歴難簿 北京交通第一難    博士課程 上原 究一

 北京にある首都師範大学(よく間違えられるが、北京師範大学とは別の大学である)に留学に来てはや四ヶ月近くになるが、事前に碌に情報集めをして来なかったのと、何事も人に聞くよりとりあえず自分で適当にやってみる方を好む性格と、カタコトに毛が生えるか生えないかといった程度の中国語会話能力とがあいまって、試行錯誤の日々が続いている。遠回りをしていると見る向きもあろうが、これはこれでなかなかに面白い。この連載ではそんな暮らしの中で徐々に分かってきたことをちょびちょびと書き連ねて行くつもりである。ともすると単なる失敗談の羅列になるやもしれぬが…。

 ともかく、第一回ということで、まずは北京の市内交通について今までに分かったことを書いてみよう。何をするにもまずは足を確保しなくては始まらないのだから。
 まず、北京の道路は四本の環状線が大動脈になっているらしい。内側から順に昔城壁があったところを走る二環路、次いで三環路、二環路から三環路までとほぼ等間隔で四環路、そしてかなり離れて五環路である。漫然と暮らしている限り、一環路がどこに相当するものなのかは分からない。知識としては基礎的なものなのだろうが、生活に密着した情報ではないのだろう。大抵の通販で着払いが出来るのが五環路以内ということだから、そこまでは北京市の中心部とみなして良いのだろうが、主要な施設や観光スポットの殆どは四環路の少し外側くらいまでに収まっているようだ。それより外側は内側とは多少雰囲気が変わり、先日五環路の西北の角のすぐ外側にある香山公園というところへ行った際は、なんとそれなりの星空が見えた。四環路以内では星など殆ど見えはしない。雨が降ることなど皆無に近いのだが、なにせあまりにも空気が悪すぎるのである。それを思うと、五環路は全く郊外の趣である。そこまで行き届いている着払いサービスをこそ讃えるべきであろうか。
 さて、これらを結ぶ主な交通手段は以下のようなものがある。
 (1)バス(公共汽車)
 (2)地下鉄(地鉄)
 (3)タクシー(出租車)
 (4)自転車(自行車)
 (5)徒歩
 どの手段もそれぞれ特徴があって一長一短、上手く組み合わせて利用することが肝心なのだろうが、これがなかなか難しい。まず、バスの路線が複雑で、初心者にはなかなか理解出来ない。今はインターネットで乗り換え検索なども出来る(割と頻繁にバス亭の名前が変わるらしく、検索結果と実情が往々にして一致しないが)から昔よりは格段に便利になっているはずなのだが、難しいものは難しいのである。おまけに車内も路も常時混んでいる路線が多く、かかる時間が全く予想出来ないので観光客にはオススメ出来ない。しかし、なんといっても大抵の距離なら1元か2元で行ける価格は魅力的であるから、長期滞在なら乗りこなせるようにならねば大損である。「この路線はどこまで南北に走り、どこで東西に曲がるのか(或いはその逆)」ということを意識して乗るようにすると良いだろう。曲がり角付近のバス亭は色々な路線のターミナル的な役割を担っていることが多いようなので、そういう所は覚えておいて帰ってから路線図を確認してみるようにしている。これで少しずつ行動範囲が広がって行く。

 お次は地下鉄。現在は3路線が稼働中であるが、オリンピックまでにもう3路線開通させる予定だということだ。20年後にはニューヨークを抜いて世界一の路線距離を誇るようになる計画だという話も聞くので、今はまだ圧倒的にバスが主流であるが、これからどんどん地下鉄がのしてくるのだろう。現在稼働中の路線のうち市内観光の鍵となるのが二環路の地下を走る2号線で、これを上手く使いこなせば効率がぐっと上がるはずだ。ラッシュ時の混雑ぶりは東京に勝るとも劣らないが、北京っ子はあまり中まで詰めるということはしないようで、ドア付近と中とでは混雑率が100パーセントは違うように感じる。その結果、乗れずにホームでもう一本待つことになるのもしばしばである。ただ、ラッシュ時の運転間隔は比較的短く、時には前の発車から次の到着までの時間よりも、停車して人が乗り込み競争をしている時間の方が長いのではないかという気すらするほどである。

 更にタクシー。初乗りは10元。これをバスの10倍とは高いと考えるか、日本円で150円前後なら安いものだと考えるか、時と場合によって使い分けるのが賢かろう。流石に首都北京だけあって、司机の方言がきつくて話が通じないなどということはない…などと思ったら大間違いで、生粋の北京っ子な師傳だと r 化バリバリで何言ってんだかさっぱり分からんということもあるから、それは覚悟しておいた方が良い。私が到着初日に空港から乗った時がまさにそれで、気さくにちょくちょく話しかけてくれるものの、何を言われているのやらなかなか聞き取れず、それどころかこちらの言葉も r 化させないと通じにくい始末で頭の中は大混乱。ただでさえ拙い普通話はより支離滅裂になり、終いには「なに、中国文学を勉強している?じゃあ今までは翻訳で読んでたんだろう。なーに、留学してきたからにはすぐに原文で読めるようになるよ!(笑顔満面)」と言われてしまった(当然これも r 化満載なので果たして正確な理解かどうか若干怪しいのだが)。到着早々大いに不安を掻き立てられたものだったが、幸いここまで r 化が凄い人にはその後お目にかからずに済んでいる。どうやらたまたま最初に大当たりを引き当ててしまったようだ。

 なお、上記三つの全てに共通して使えるチャージ式のICカードが地下鉄の駅などで購入可能で非常に便利である。普及率も驚異的で、バスに乗る人の優に95パーセントは持っている気がする。バスの車内アナウンスも「乗り降りの際はカードを機械にかざしましょう、カードをお持ちでない方は切符をお求め下さい」と、カードを持っているのが前提のような言い草である。購入場所を突き止めてカードを手に入れるまでの間、かなり肩身の狭い思いをしていたような記憶がある。しかし、これをタクシーの支払いに使っている人はいるのだろうか…?もしかすると使おうとすると師傳に怪訝な顔をされるかもしれない。いつか試しにやってみようかしら。

 そして自転車。車が氾濫して渋滞地獄と化した現在の北京でも、人々は自転車に跨り車を掻き分けて元気に走っている。自転車道はそれなりの幅があるし、なかなか快適に走れる。ただし、バスには気を付けねばならない。奴らはバス亭に停車する際は容赦なくその巨体を自転車道に割り込ませて来るのである。これを止まらずに避けられるようになればもう一流なのだろうが、私には当分無理そうだ。あと、猛スピードで追い抜きに来る電動自転車も結構怖い。だが、一番怖いのは自分の乗る自転車の整備具合である。買ってまだ一週間という頃に、運転中いきなりハンドルが金具から抜け落ちた時は愕然としたものだ(下手すりゃ死んでたぞまったく!)。買った自転車はしっかりナットを締めてもらうようにし、自分でも簡単な工具は揃えてちょくちょく点検した方がいい。それでもしばらくするとブレーキが利かなくなるとか、サドルが壊れるとか、そういうトラブルが襲って来るであろうが、挫けず頑張ろう。どこへでも行ける自転車の利便性には、それだけの投資をする価値がある。

 最後は徒歩である。何を当たり前なと言われるかもしれないが、自転車社会の中国にいるとついつい短い距離でも自転車頼みになってしまいがち。大した距離でないのなら、たまにはてくてく歩くのもいいものである。寄り道もしやすいしね。

 なお、これらの他にバスより融通の利くミニバスだとか、中心部の観光地にいる人力車だとかいったものもあるようなのだが、それらにはまだ乗ったことが無いのでなんとも言えない(正直に言うと、利用法や相場が分からないから乗れないという面もある:笑)。そのうち挑戦してみたら改めて触れることもあるかもしれない。

 北京市内交通の巻、まずはこれにて一段落といたします。次はいかなるお題になりますやら、それは筆者にもさっぱり分かりませぬが、且聴下回分解。


2006年12月24日




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