2013年中国語圏映画、私のベスト10 藤井省三

 2013年に日本で公開された中国・香港・台湾・シンガポールの映画から、私のベスト10を選んでみました。

1『罪の手ざわり(原題:天注定)』 ジャ・ジャンクー(賈樟柯)監督 
 ジャ・ジャンクー(賈樟柯)映画が帰ってきた、あの山西省の小さな町に・・・・という思いでスクリーンを見詰めていました――時々、余りの血腥さに耐えきれず、目を瞑りましたが。犯罪「時計回りの法則」など、詳しくはロードショー用のパンフレットに書きました。

2『グランド・マスター(一代宗師)』
 ウォン・カーウァイ(王家衛)監督が『My Blueberry Nights』の低調ぶりから見事に復活しました。トニー・レオン(梁朝偉)も章子怡も素晴らしかった!

3『ILO ILO(爸媽不在家)』 アンソニー・チェン監督。 アンジェリ・バヤニ シンガポール2013
 少し長くなりますが、旧稿からシンガポール映画論を引用させて下さい。
>>シンガポール詩人の呉耀宗(ウー・ヤオツォン、ごようそう、Gabriel WU、1965〜)が1980年代後半に発表した短篇小説集『デリケートな人々(原題:人間秀気)』では、チャイナタウンの古い商店街の再開発による郊外マンションへの転居をめぐる親子の対立など、ほぼ一貫して家の問題が描かれている。日本の村上春樹(1949〜)が『風の歌を聴け』(1979)から『ノルウェイの森』(1987)に至るまで、若い友人や恋人たちを主人公として、もっぱら親子関係や家族関係を回避していたのと対照的といえよう。そして90年代以後には、エリック・クー(邱金海、Eric Khoo、1965〜)監督が『シンガポール・ヌードル(薄麺lao〔人+老〕、Mee pok Man)』(1995)で父子家庭と母子家庭の青年男女の悲恋を、『十二階(十二楼、12 Storeys)』(1997)で高層公共団地に住む病める家族の中の老若男女の孤独を、そして『一緒にいて(伴我行、Be With Me)』(2005)でも家族崩壊後の男女の愛を描いている。
 またジャック・ネオ(梁智強、Jack Neo、1960〜)監督の『僕、バカじゃない』(2002、小孩不笨、 I Not Stupid )はエンターテインメント系映画であり、小学生三人の教育問題は三つの家庭のそれなりに良識のある両親の配慮によって円満解決されるが、エリック・クー監督作品のように、家庭環境に両親間の不和や両親の不在という条件が加われば、ジャック・ネオの小学生たちが置かれる状況は、相当に深刻なものとなったことであろう。
(藤井省三「現代シンガポール家族像における非婚とセックスレスーー陳華彪小説集『スーパー・チェーン・ボーイの物語』と梁智強監督映画『私のお役所時代』をめぐって」『中国語中国文化』(7), 184-193頁, 2010年3月,日本大学大学院文学研究科中国学専攻)>>
 『ILO ILO』主人公少年の家は、『僕、バカじゃない』の経済的にまん中の小学生の家よりもやや下層に属しています。そこで住み込みメイドとして働くフィリピン人の若い母と、小学生との心の交流をシンミリと描いておりまして、喜劇のジャック・ネオと、アート系のエリック・クーとの中間に位置していると言えそうです。なお拙稿抜き刷りが数冊残っていますので、希望者に差し上げます。お申し出下さい。

4『アメリカン・ドリーム・イン・チャイナ(中国合伙人)』 ピーター・チャン監督 ホァン・シャオミン、ダン・チャオ、トン・ダーウェイ 中国2013
昨年6月に南京の新街口影城で見ました。大学時代にアメリカに憧れた男子三人組が、それぞれ挫折体験を活かしながら協力しあい、英語学校経営に成功する物語です。旅日記には「『中国合伙人』70元。さすがに陳可辛監督、ただし年表からは1989年が欠落、1999年5月の反米暴動のみ。」と書いておりました。つまり天安門事件(1989)は封印されており、1999年NATO軍の在ユーゴスラビア中国大使館誤爆事件をきっかけとする反米暴動の際に、英語学校が暴徒に襲われる場面のみが描かれていた、ということです。ケ小平時代の中国の若者がアメリカ・コンプレックスを乗り越えて行くようすを、香港人監督が暖かい視線で、ユーモアとペーソスたっぷりに描いています。中米関係を考える際にも参考になるでしょう。

5『見知らぬあなた(陌生)』 チュエン・リン監督 中国2013
 『ILO ILO』と同様に東京フィルメックスで見ました。フムフム、中国の都市部の雑貨屋さんがコンビニに負けることなく生き残っているのは、こういう“人情味”が残っているからなのね、とか、奥さんが捨て身の覚悟で元彼の開発業界のドンから資金を借りてきたというのに、夫が生産材に投資せず接待ばかりに使っていては工場再建は覚束無いぞ、と心配したりしながら見ておりました。親戚やご近所の、良く言えば暖かい関心、悪く言えばプライバシー無視のゴシップ好きが中国にはまだまだ残っているのを見て、ちょっと安心もしました。そのような意味では、なかなかよくできたリアリズム映画、現代中国版『自転車泥棒』です。

6『北京ロマンinシアトル(北京西雅図)』 シュエ・シャオルー監督、タン・ウェイ、ウー・ショウポー、ハイ・チン 中国2013
 湯唯(タン・ウェイ)が演じる蓮っ葉な愛人が、未婚の母が許されない中国からアメリカ西海岸のシアトルに渡って出産準備をしていたところ、北京の旦那が不正蓄財(?)で逮捕され、離縁されてしまうが、シアトルで知り合った中国人介護士(子連れで、のちにめでたく医者の資格を取得)の助けで無事出産し、新しい彼と結ばれるという物語。最初の小一時間は、些か現実離れしているようにも思いましたが、湯唯の変化に富む名演技に笑い泣きしている内に、今の中国ではさもありなん、と納得させられてしまいました。映画鑑賞は3月の北京でした。国際交流基金のお招きで村上春樹翻訳家の施小?さん、批評家の止庵さんと鼎談した際に、鑑賞した次第です。その時の中国語題名は『北京遇上西雅図』(北京がシアトルに出会う)でした。

7『So Young(致我們終將逝去的青春)』 ヴィッキー・チャオ(趙薇)監督、マーク・チャオ、ハン・ゴン、ヤン・ズーシャン 中国2013
 女優趙薇(ヴィッキー・チャオ)の監督初仕事で、天安門事件以後、中国経済が高度経済成長を開始したケ小平時代末期から現在までを描く女子大生青春映画です。これは5月に深圳で見ました。

8『毒戦(毒戦)』ジョニー・トー(杜h峰)監督。 ルイス・クー、スン・ホンレイ 香港・中国2013
 機内の小さな画面で見たため、杜h峰監督映画を十分には楽しめなかったのが、残念です。それでも、中国の警察にも熱い正義漢を抱く男女の刑事がいるようだ、と感心した次第です。

9『コールド・ウォー 香港警察 二つの正義(寒戦)』リョン・ロクマン(梁楽民)監督、エディー・ポン、レオン・カーファイ、アーロン・クォック 香港2012
 これも機内の小さな画面で見たため、アーロン・クォックのライバル長官(?)が梁家輝(レオン・カーフェイ)であるとは、最後まで気付きませんでした(苦笑)。それにしても、彼と息子とのお家の事情という結末は、興ざめです。

10『ブッダ・マウンテン 希望と祈りの旅』(観音山) リー・ユー監督、シルヴィア・チャン、ファン・ビンビン、チェン・ボーリン 中国2010

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