東南アジアについての論文をまとめようとする学生向けマニュアル

「インドについての論文をまとめようとする学生向けマニュアル」東南アジア関係補足*

(2009年9月水島研究室TA作成、2018年3月島田研究室TA改訂)

*東南アジアを学ぼうとする学生は、別頁「インド(南アジア)についての論文をまとめようとする学生向けマニュアル」にも目を通すことが望ましい。


4. 卒論執筆の順序

(1) 語学と史料読解

 史料を読まない限り卒論は書くことができないので、卒論執筆時にどれだけ語学能力があるかは重要である。卒業のみを考えた場合、英語やフランス語、スペイン語、中国語(漢文)、あるいは日本語といった3年次までに習得した言語によって書かれた史料を探すこともできる。しかし、大学院進学者は、3年生のうちから専攻希望地域あるいはテーマに関する史料中の言語(東南アジア各地言語やオランダ語、ポルトガル語など)をコツコツ学習し続ける必要がある。

 本郷で語学の講義がない場合、他の大学で聴講することもできるし、駒場の講義は履修登録をすればよい。修士課程までは単位にもなるので、初級・入門レベルから多額の学費を語学のために用意しなくてもよい。史料読解訓練に関しては、東洋史の先生方のゼミ(大学院を含む)に複数所属するのがよい。また、将来、研究者として活躍したいと考えるならば、少なくとも英語発表に堪えうる語学力の習得が必須となる。その意味では、学部在籍中に場所にこだわらず大学の交換制度等を利用してとにかく海外留学を経験しておくのも大きなアドヴァンテージである。各種の留学奨学金も整備されているので積極的に活用しよう。

 各自必要な辞書が違うため、西アジアの学部生・院生のように、共通の辞書を使うということは少ない。現在東南アジア各国の公用語となっている言語の辞書は、413教室に配架されている。ほとんど登録本ではないため、東京大学OPACで引いても出てこない。古い時代のものは3号館配架である。欧米諸語の辞書も413教室や総合図書館で利用するとよいし、現在では様々なオンライン辞書も便利である。

(2)おおまかなテーマ設定と先行研究の把握

 語学と前後して早期に決定すべきはおおまかなテーマである。もちろん、本郷進学後ゆっくりテーマを見つけるのも良いのだが、卒業論文を考えると、地域や対象、時代(例えば、マレー半島、貿易、19世紀、あるいはフィリピン諸島、日本人移民、20世紀前半といったようなおおまかなテーマ・関心)は早めに決定したほうが安全である。3年次から4年次にかけて大幅にテーマを変えて論文を書いた例は多いが、3年以上学部生をする心構えが必要であるかもしれない(必要とされる語学も変わってくる。また、先行研究の把握作業も一からはじめなければならない)。

 まず第一歩として、とりあえず図書館の東南アジア関係の本棚に並んでいる本を眺めるというのも単純なようで有効な手段である。自分が関心のあるタイトルの本をとって読んでみよう。おおまかなテーマ(地域・対象・時代)が決まったあとは、先行研究を把握する必要がある。どのような先行研究があるかを把握することで、乗り越えるべき問題やどういった研究がそもそも可能なのかといったことが浮き彫りになるからである。歴史研究の場合、どんなに興味深い研究対象でも、史料がなければ研究自体が成り立たない。

※参考にすべきツールは以下である(おおまかなテーマ設定を探るうえでも重要!)。

① 『史学雑誌』「回顧と展望」号:東南アジア

1年間に国内で発表された(原則)歴史関係のすべての邦文・欧文論文・研究書を、時代別に網羅している。出版情報がわかるだけでなく、各執筆者によるその年の研究動向のまとめからは近年の研究で重要とされている視点や議論を読み取ることができる。東洋史研究室の副手の机の後ろにバックナンバーがあるので、ここ10年ほどの研究状況をさらっておくことをおすすめする。先行研究だけでなく、テーマ設定を考える際にも有用な作業となる。南アジアや東アジアといった関連地域に関する研究動向もチェックできる。

② 『史学雑誌』巻末文献目録:

年12回(うち第5編は「回顧と展望」)刊行される『史学雑誌』の巻末には、直近の東洋史、西洋史、日本史の研究出版物が巻ごとに逐次採録される。東南アジア史の場合、採録件数はそれほど多くはないが、西洋史や東洋史、日本史の研究出版状況も広く参照できる。

③ 東南アジア学会機関誌の『東南アジア -歴史と文化-』の巻末文献リスト:

東南アジア史研究に限って言えば②よりも便利。東南アジア学会ウェブサイトからはPDFファイルをダウンロードして、キーワード検索も可能(http://www.jsseas.org/jabseas/index.html)。しかし、一度網羅的に見る(紙媒体で時期ごと、地域ごとの研究動向を把握する)ことも重要である。見たいものしか見ないことは、一見効率的だが、それによって見落としてしまう事柄も多い。これは史料読みに共通する。なお、413教室を入って右の本棚には1975年から1996年までの文献リストのコピーが簡易製本されている。39号(2010年発行)からは文献目録は廃止になる。

④ 京都大学東南アジア研究所『東南アジア研究』収録の各論文

最新号までPDFでダウンロード可(https://kyoto-seas.org/ja)。413教室を入って右の本棚には2007年の第44巻(第4号)まで紙面のバックナンバーがある。2012年度より英文誌『Southeast Asian Studies』の刊行開始に伴い、『東南アジア研究』の方は年2回刊行の和文誌に移行した。英文誌の方も参照されたい(https://englishkyoto-seas.org/)。

⑤ 水島司・加藤博・久保亨・島田竜登編『アジア経済史研究入門』(名古屋大学出版会、2015年)

経済史にかぎらないが、とりわけ地域横断的な観点から東南アジア史に取り組みたい場合には、東南アジアのみならず他地域との共時的、通時的な連関を理解する必要がある。そういった意味において、『アジア経済史研究入門』は東アジア、南アジア、東南アジア、西アジア・中央アジアに関する研究史を諸研究者が網羅的に紹介し、将来の研究展望を示している。もちろん、それだけではカバーできない部分はあるにせよ、一読することでアジア経済史の研究動向に対する理解を深めることができ、各自が興味とする分野の研究書・研究論文を手にとるきっかけとなる。また、各地域の参考文献表や巻末の研究ツールの紹介も秀逸であり、東南アジアに関しても先行研究の調べ方や主要な学術雑誌、史料館の紹介があるため、一度は目を通すべきである。

⑥ ほか欧米諸語・現地語主要雑誌

学内の様々な図書館・室に配架されている海外の学術雑誌もチェックすべきであろう。東南アジア史研究はなにも日本国内で完結しているわけではない。学内には、以下にあげるような各国のアジア研究・東南アジア研究に関する代表的な欧語雑誌のバックナンバーがある。

なお近年は電子化されている学術雑誌も多く、目次等はウェブ上で確認できることが当たり前となっている。

 そのほか、時代や地域によってどの雑誌を見ればよいのかを知るためには、以下にあげる目録が参考になる。

 海外の雑誌は国内の雑誌と違い、学内に所蔵がない場合も多いため、特定の論文の複写を希望する場合、ページ数まで把握したうえ、文学部図書館を通じ、自国内の各研究機関に複写物の郵送依頼をする。近年は、ウェブ上から直接PDFで論文をダウンロードできることも多い。

 以上①~⑥を参考に、自分の勉強したい地域・対象・時代に関する論文や研究書を広くリストアップし、OPACやCiNii等を使って所在や所収元を調べ、手にいれる。もっとも、指導教員の紹介や先輩との会話、出席している講義で出会った研究書や論文がその後の研究で大きな意味を持つ場合も多い。あらゆる機会をとらえて参照すべき文献の質と量を確保したい。

※論文や研究書探しのためのツール例

読みたい論文や研究書のタイトルをうちこんでみると、所在や書誌情報がわかり、場合によってはPDFが手に入ることもある。慣れてきたら学内外からアクセスできる各種のデータベースも積極的に利用してみよう。GACoS (Gateway to Academic Contents System: http://www.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/gacos/index.html)から、JSTORやProject MUSE、Cambridge Core、Brill Online Books and Journals等へアクセスできる。

 また、最初は本郷構内に分散する図書館の使い方を覚えるだけで一苦労である(慣れないとたどり着くのに時間がかかる)ため、時間のある3年生の講義の合間に取り組むとよい。図書館書庫には荷物(大型ノート)を持ち込めないことも多いので、小型のメモ帳やスマートフォン、タブレット、PC上に請求番号などをメモすると効率がよい。学内にない場合、文学部図書館を通じてコピーを取り寄せるか、直接学外の図書館に出向く。

 ある程度論文を手に入れて読み始めたら、自分の興味のある分野や研究が集中している分野がわかってくる。興味のある分野に関しては、手に入れた論文に引用されている論文や、その論文で先行研究として挙げられている研究を芋づる式に探す。海外の文献は学内になければ取り寄せるかウェブ上でPDFを探す。この作業をするうちに、これらの先行研究がどのような史料に依拠しているのか、代表的な研究は何か、必要な語学が何か、などがわかってくる。この作業を3年生の夏休みまで、遅くとも就職活動開始前に終えていることが望ましい。この段階までは、ある程度自力でできる作業である。また、これが終わっていないと次の史料探しの段階に結びつかない。

(3)史料を探す・テーマを決める

 広い意味でのテーマ設定(地域・対象・時代)の後、何を史料にすればよいのか、狭い意味でのテーマを何にすべきかを決める。 (2)に着手して、おおまかなテーマが固まったら、その地域・対象・時代を専門にする専門家に相談すべきである。自分の所属するゼミの教員に、コネクションのある専門家を紹介されるというパターンが一般的である。ゼミの教員の(狭い意味での)専門と自分の希望する史料やテーマとの間の距離を不安に思う必要はない。まずアクションを起こすことが肝要である。

 史料を探す作業と同時並行となるのが狭い意味でのテーマの設定である。歴史学の卒業論文の場合、史料がなくては論文にならない。史料は各自、どのような目的で書かれたのか異なり、史料よって明らかにできることと明らかにできないことが異なる。よって、史料とテーマが一致していなければ(言いたいことと材料が一致していなければ)論文にならない。どうしてもこれがやりたい、というテーマがあれば、それに合致した史料を世界中探し回ることもできるかもしれない。そこまでの時間と予算がないならば、自分の希望する地域と時代の中で、入手可能な史料を見つけ、それを読みながらテーマを柔軟に決めていったほうが無難である。一致していないのに強引に論文にしようとすると最後に論理破綻して完成できないという憂き目にあう。

 また、大量に史料が利用可能である分野や時代(「宝の山」)、史料はあるが、あまりに先行研究の多い分野や時代、史料のない分野や時代など、個人の能力によっては物理的な制限もある。自分が読んでいてつまらないと感じる史料で論文を書いても読者もそう感じるに違いないので、自分の関心も重要である。あまり小さいテーマを選ぶと論文になりやすい一方、大学院進学者は修士論文、博士論文にどうつなげるのか課題になることもあるし、あまりに過大なテーマを選ぶと論文にならずに苦労することもある。よって、(2)の作業を飛び越して、4年次の夏もしくは秋に「どうしたらいいでしょうか」とゼミの教員に相談するのも危険であり、(史料を読むうちに何を書けばいいのかわからなくなる人も)、自分の関心だけを考えて、史料・テーマの設定に際して専門家に相談しないのも危険である。史料とテーマがどう関連するのか、というのは、卒業論文相談会や東洋史の教員のゼミに出ているうちにわかるようになる(専攻地域以外のゼミへ所属することは大変勉強になる)。この作業を卒業論文相談会(4年次6月ごろ)までに終わらせる。この会は「相談会」と命名されているが、「何も決まっていません」という状態で出席すると、「この会で相談されても困ります」と厳しい声が飛んできた年もある。

 史料は国内で入手する場合と、海外で入手する場合がある。上述のように、どのようなテーマの設定をするかによって、海外までいく必要があるか、ないかは異なるが、学内のみで史料を入手できるケースは稀である。

※ただし、2018年現在、以下に一例をあげるような東京大学内外から(GACoS等を通して)アクセスできるウェブ上のデータベースからデジタル化された史料を手に入れることもできるようになりつつあり、環境的にはかなり恵まれている。

上記以外にも、Internet Archives (https://archive.org/)やHathi Trust’s digital library (https://www.hathitrust.org)、Google Books (https://books.google.co.jp/)といったオープンなデータベースを通して、刊行された一次史料についてはかなりアクセスできるようになっている。

 また、海外の文書館の史料は豊富であり、未刊行史料を用いる修士以上の学生は訪問が必須となる。だが、時間の限られた学部生についていえば、複雑な行政手続のもと史料を探していくのは容易ではなく、相当の語学力と知識、下準備が必要である。史料があっても政治上の理由から閲覧を許可されないこともある。テーマとする地域を旅行で訪れるのは、イメージ作りにはよい。

 もっとも近年では、日本の国立公文書館アジア歴史資料センターのように、文書館が史料の画像データをインターネット上で公開することも多くなった。年々、そのサービスは向上し、ますます多量の史料が日本に居ながらにして容易に入手可能となっている。もちろん万能とは言えないが、こまめに海外の文書館のホームページをチェックするとよい。

(4)史料を読む=書く

 多くの学生が卒論構想発表会から夏休みに行う。史料を読むのは一人で行う作業である。読みっぱなしにせず、読みながら史料の抜書きなどを行うと楽である。最近ではPCのワードやエクセルを使うことが一般的だが、この段階ではノートと鉛筆という古典的な方法も有効である。ペンを動かしたり、大量の数字データをエクセルにうちこんだりしていると不思議と重要なひらめきがわいてくることがある。また、細かいことであるが、PC上に保存する場合には、史料ナンバーごとにファイルをわけたり、ファイル名と時代を一覧表にしたりするとわかりやすい。

(5)構成を練る

 多くの学生が4年次夏休み前から秋のゼミで行う。自分の所属するゼミの教員からゼミの時間内に発表を求められるケースがほとんどである。多くの大学院ゼミでも、希望すれば学部生の卒論構想発表は受けつけてもらえるはずである。

(6)参考文献表記方法など

 参考文献表記方法はさまざまな方法がある。卒業論文の場合、専攻地域を扱う主要な学会誌の投稿規定にあわせることもある。東南アジアをテーマにした学生があわせることの多いスタイルは、京都大学東南アジア研究所の「東南アジア研究」参考文献表記法である(https://goo.gl/ok1moe)。

 ただし実際に引用したい文献の形態は、出版地が不明であったり、リプリントであったり未公開の学位論文であったりとバラエティに富み、投稿規定や掲載論文を見るだけでは法則性がわからず自分で論文や参考文献リストを作るのは難しいことも多い。基本的な方法は『レポート・論文の書き方上級』(櫻井雅夫著:慶應義塾大学出版会:1998年)など、何か1冊論文の体裁に関する本を手元に置いておくとさまざまな方式を網羅していて便利である。卒論構想発表会で使用するレジュメには、なんらかの表記方法に沿って記述することが求められる。大阪大学文学部西洋史学研究室の学習情報(卒論・修論執筆要領)も提出直前の心がけなど、大変参考になる (http://www.let.osaka-u.ac.jp/seiyousi/info-3.html)。


5. 東南アジア・東南アジア各国の研究に関する情報

(1)東南アジア関係の学会

(2)主な地域別学会・テーマ別研究会

 以下の学会・研究会は該当地域・テーマの研究をしている研究者がほぼ参加しているもので、関東開催のもの。研究会や大会は会員でなくとも覗きに行くことは可能(通常、学生の場合100円程度コピー代を払う)。ウェブサイトは参考にはなるが、図書館や研究機関とちがって運営は会員である研究者であることが多く、研究会案内など最新情報はメールで会員や希望者に流されることが多い。

(3)国内史料所蔵機関・研究機関

(4)海外史料所蔵機関・研究機関

(a)『岩波講座東南アジア史別巻』を踏み台とする

 1990年代以降の史料状況は、『岩波講座東南アジア史別巻 東南アジア史研究案内』(岩波書店:2003年)を参照するのがよいだろう。「金石文」「ベトナム史料」「カンボジア年代記」「タム文字史料」「タイ語史料(前近代)」「タイ語史料(近現代)」「ビルマ史料」「ムラユ語史料」「ジャワ(およびバリ語)史料」「フィリピン史料」「漢籍」「ヨーロッパ語史料」「アジア歴史資料センター」と13項目にわかれている。基本的に、1880年代までに刊行された著名な史料紹介書・研究方法論を踏まえて書かれているため、東南アジア全般に関しては『アジア歴史研究法入門5 南アジア・東南アジア・世界史とアジア』(同朋社:1984年)など、地域・時代別にはそれぞれの項目で挙げられた書籍とあわせて参考にする。もっとも、史料へのアクセス状況は常に変化しており、『東南アジア史研究の展開』(山川出版社:2009年)や『アジア経済史研究入門』(名古屋大学出版会:2015年)等も参照し、さらには、以下、『岩波講座東南アジア史別巻 東南アジア史研究案内』の各項目を簡単に紹介する。

(b)そのほか

 『岩波講座東南アジア史別巻 東南アジア史研究案内』は有用であるが、史料の公開状況や史料調査の申請方法は流動的なため、最新の状況を以下のような雑誌記事やニューズレターの記事でフォローするとよい(フィールドワークの場合も同様である)。このような情報は、各種雑誌・ニューズレターやウェブサイトなどに分散しているため、すでに知っている人に尋ねるか、「文書館」+「タイ」などをキーワードにCiNiiで検索する。主に掲載されるのは、特定の地域の学術雑誌の『現地通信』などや、国立公文書館の『アーカイブズ』、日本図書館協会の『現代の図書館』など図書館学関係の雑誌である。一例を以下に挙げる。


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