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アジア史


◇教員◇

教授:佐川英治、吉澤誠一郎、六反田豊、小寺敦、森本一夫、古井龍介

准教授:守川知子、島田竜登、小川道大

助教:田熊敬之

◇学生◇

修士課程:16名、博士課程:14名


 19世紀に打ち立てられた世界の構造は、今、大きくアジアに傾いている。数十年前、いや19世紀以降の世界のどの時点で、上海のネオンの夜、インドの地下鉄、東南アジアの高層ビル、中東のショッピングセンターを想像することができただろうか。どの時点で、中国やインドがヨーロッパを追い越し、世界のGDPのトップをうかがうと夢見ることができただろうか。

 歴史研究は、それぞれの地域、それぞれの時代に沈潜し、そこに生きる人々の夢と希望、笑いと幸せ、そして苦しみと悲しみを共有し、深い地点での人間としての喜びに浸りうる学問である。しかし、と同時に、現在の数えることのできないような動きの絡みを解きほぐし、そこに特有の構造と変化を見つけ出し、今後の進むべき道筋を照らし出す学問でもある。アジアが、そうした動きの本流を導いているとすれば、アジア史研究は、その本流と支流との構造と関係を解明し、これからの生きる道筋を照射すべく、その理論と方法を鍛えていかねばならない。

 「アジア史」は、アジア地域を対象として、このような世界の現在を、歴史学が築いてきた特有の方法と新たな方法の開拓によって解明し、これからの世界の進むべき方向への思索と分析と提言をおこなう学問分野である。

 以上の課題を引き受けようとする我々は、次のような教育・研究体制を構えている。


 森本一夫教授はムスリム諸社会の社会史、宗教史、文化史に関心を持って研究を進めている。特に、預言者ムハンマドの一族とされ、「サイイド」「シャリーフ」などと呼ばれる人々が各地のムスリム社会でどのような地位を占め、どのような役割を果たしてきたかという問題の解明をライフワークとしている。このテーマに関する業績としては、Sayyids and Sharifs in Muslim Societies: The Living Links to the Prophet, London and New York: Routledge, 2012(編著)、『聖なる家族 ―ムハンマド一族―』(山川出版社、2010年)、「サイイド・系譜学者・ナキーブ ―10世紀後半から15世紀前半におけるサイイド/シャリーフ系譜文献の研究―」(東京大学博士論文、2004年)などがある。また、ペルシア語の歴史的な意義と役割に着目し、「ペルシア語文化圏」という概念を批判的に検討した編著として『ペルシア語が結んだ世界 ―もうひとつのユーラシア史―』(北海道大学出版会、2009年)がある。ペルシア語文献の翻訳も行っており、タバータバーイー著『シーア派の自画像 ―歴史・思想・教義―』(慶応義塾大学出版会、2007年)と「ナースィレ・フスラウ著『旅行記 (Safarnāmah)』訳註 (I)(II)(III)(IV)」(『史朋』35、2003年)(『史朋』36、2003年)(『史朋』37、2004年)(『史朋』38、2005年)(監訳)を刊行している。最近の業績としては、Kazuo Morimoto and Sajjad Rizvi (eds.), Knowledge and Power in Muslim Societies: Approaches in Intellectual History, Berlin: Gerlach Press, 2023、『アリー ―伝説になった神の獅子―』(山川出版社、2024年)などがある。


 守川知子准教授は、西アジア史を担当している。特に、社会史や文化史を専門とし、シーア派諸聖地への巡礼や、西アジアでの「学知」の史的展開、文化交流などを主たる研究対象としている。最近では、近世期の改宗者やムスリムの仏教認識の研究を進めている。主著に、『シーア派聖地参詣の研究』(京都大学学術出版会、2007年)、編著に『移動と交流の近世アジア史』(北海道大学出版会、2016年)があり、このほか『ノウルーズの書』(京都大学人文科学研究所、2011年)や『被造物の驚異と万物の珍奇』(『イスラーム世界研究』、2009年より継続中)などの原典翻訳にも力を入れている。


 古井龍介教授は南アジア古代・中世初期史を専門とする。東インド、特にベンガルを主な対象地域として、5-13世紀の南アジア農村社会の歴史変化を、農業拡大および国家形成の進行と、各々異なる経済的・文化的基盤を持つ諸社会集団間の交渉と権力関係の展開との関連から捉えるべく研究している。主な史料としてはサンスクリット等で書かれた諸文献と碑文を用いているが、後者についてはインドおよびバングラデシュ各地の遺跡・博物館において現地調査を行い、未公表碑文の校訂および既発表碑文の再校訂と、その成果の公表を進めている。主著に、Land and Society in Early South Asia: Eastern India 400-1250 AD (London and New York: Routledge, 2020)がある。


 小川道大准教授は、南アジア近世・近現代史を専門としている。インド西部(現在のマハーラーシュトラ州)を対象に、18世紀後半から19世紀前半にかけてインドが植民地化する中で、都市・農村の社会経済が経験した実態的な変化を、地税を中心とした税制に注目して研究している。研究手法として、マハーラーシュトラ州立公文書館に収蔵されているインド西部の現地語(マラーティー語)の未公刊史料、同言語の公刊史料、インドの州立・国立公文書館および大英図書館に収められた18-19世紀の英語史料を組み合わせて分析を行っている。植民地化前後の多言語史料の分析により、インド史学の課題の一つである、植民地期の英語史料による研究と前植民地期の諸言語史料による研究との間に存在する分断をつなぎ合わせ、長期の歴史変動の中にインドの植民地化を位置づけることを目指している。主著に『帝国後のインド 近世的発展のなかの植民地化』(名古屋大学出版会、2019年)がある。


 島田竜登准教授は東南アジア史・南アジア史を担当している。専門は16世紀以降の海域アジアにおける貿易史、都市史、東インド会社史である。そのほかに、アジア経済史、南・東南アジアのイスラーム史、異文化交流史、グローバル・ヒストリーなどにも関心がある。近年では、バタヴィア(ジャカルタ)都市史や17~18世紀のタイ国際関係史などを研究している。ライデン大学に提出した博士論文をもとに出版したRyuto Shimada, The Intra-Asian Trade in Japanese Copper by the Dutch East India Company during the Eighteenth Century, Leiden and Boston: Brill Academic Publishers, 2006をはじめ、数多くの英語・日本語による著作がある。多数の海外研究者と交流があり、研究活動をグローバルかつローカルな視点から共同で進めている。なお、内外の一流研究者を招き、セミナーや国際ワークショップ等を開催することで、学部学生・院生がじかに接する機会を提供している。また、2012年度以来、課外授業として初級オランダ語ないしはオランダ東インド会社史料講読を開いている。


 小寺敦教授は、中国古代史を担当している。いわゆる「周代宗法制」と称されるような、先秦時代における血縁集団のあり方や、そうしたあり方についての情報が記載された資料の性格について研究を進めてきた。最近では、血縁集団に関連する思想の展開が、戦国時代における文献の発生・成立状況といかに関わってくるかということを考察している。そして、その文献成立と密接な繋がりをもつ、中国先秦秦漢時代の出土資料、特に戦国時代の竹簡を中心とする簡牘資料に関する基礎的検討を進めている。また、その出土資料研究との絡みで、歴史学以外のフィールドの研究者と共同で研究論集を出版したり、中国大陸で現地調査を行ったりもしている。主な論考に、『先秦家族関係史料の新研究』(東京大学東洋文化研究所、汲古書院、2008年)、「先秦時代「譲」考 ―君位継承理念の形成過程―」(『歴史学研究』871、2010年)、「上博楚簡《鄭子家喪》的史料性格:結合小倉芳彦之学説」(『出土文献』第二輯、2011年10月)などがある。


 佐川英治教授は、中国古代史を専門とする。均田制の研究を皮切りに、これを記した6世紀の歴史書『魏書』の史料批判や征服王朝の問題へと研究を展開している。最近では、唐の長安に代表される東アジアの都市プランの起源の解明に取り組み、一方では383年の淝水の戦いを転換期とする新しい中国古代史像の提起にも挑戦している。著書に『中国古代都城の設計と思想――円丘祭祀の歴史的展開』(勉誠出版、2016年)、『378年 失われた古代帝国の秩序』(山川出版社、2018年、共著、第4章「漢帝国以後の多元的世界」を執筆)、『中国と東部ユーラシアの歴史』(放送大学教育振興会、2020年、共著、第1章「中国史の見方」から第5章「隋唐帝国と東部ユーラシア」までを執筆)、『ビジュアル大図鑑 中国の歴史』(東京書籍、2022年、監修)、『アジア人物史 第2巻 世界宗教圏の誕生と割拠する東アジア』(集英社、2023年、共著、 第3章「英雄は聖人の夢を見る――五胡十六国時代 覇者たちの栄光と挫折 苻堅など」を執筆)、『多元的中華世界の形成――東アジアの「古代末期」』(臨川書店、2023年、編著)などがある。


 吉澤誠一郎教授は、清代史・中国近現代史を担当している。主な研究領域は19世紀から20世紀前半の中国政治史、社会史、経済史、思想史であるが、とくに近代都市社会の形成を民衆運動、ナショナリズムなどの問題と関連づけながら描き出している。最近では、中国の沿海部と内陸部との経済格差の歴史的起源に関心を持ち、内陸中国に頻繁に足を運んでいる。主著として、『天津の近代 ―清末都市における政治文化と社会統合―』(名古屋大学出版会、2002年)、『愛国主義の創成 ―ナショナリズムから近代中国をみる―』(岩波書店、2003年)、『清朝と近代世界』(岩波新書、2010年)がある。


 六反田豊教授は朝鮮中世・近世史を専門とする。これまで朝鮮時代の水運史や財政史・経済史を中心に研究してきた。また10年ほど前から朝鮮時代の海事史研究にも従事しており、朝鮮時代後期を対象に、済州島民の漂流・漂着問題や地方官府の海防体制などについての論考を発表している。最近ではさらにそこから発展して、海や河川などの「水環境」と人間・社会とのかかわりに着目するようになり、共同研究を組織して、漢江流域を主要な対象地として現地調査を進めている。ほかに朝鮮時代の古文書研究や朝鮮時代の国家論・社会論なども手がけている。著書に、『日本と朝鮮比較・交流史入門 ―近世、近代そして現代―』(共編著、明石書店、2011年)、主な論考に、「朝鮮初期における田税穀の輸送・上納期限 ―漕運穀を中心として―」(『東洋史研究』64-2、2005年)、「十九世紀慶尚道沿岸における「朝倭未弁船」接近と水軍営鎮等の対応 ―『東萊府啓録』にみる哲宗即位年(一八四九)の事例分析―」(井上徹編『海域交流と政治権力の対応』汲古書院、2011年)、「洞春寺所蔵『新編古今事文類聚』紙背朝鮮文書の復元と検討」(宗教法人洞春寺編『山口県指定有形文化財『洞春寺開山嘯岳鼎虎禅師手沢本』保存修理事業報告書』同寺、2011年)、「朝鮮時代の「武」と武臣」(『韓国朝鮮の文化と社会』10、2011年)、などがある。


 田熊敬之助教は、中国古代史を専門とする。とりわけ、隋唐形成期にあたる北朝時期の諸政権が、遊牧的な制度・文化を取り入れるなかで、どのように政治構造や社会のあり方を変容させていったのかという点に関心をもつ。そうした問題を墓誌などの石刻史料を用いつつ、皇帝の寵臣を意味する「恩倖」を切り口として研究を進めている。主な論考に、「「北斉「恩倖」再考―君主家政官としての嘗食典御・主衣都統を中心に―」(『史学雑誌』129-7、2020年)、「東魏北斉における漢人勲貴の一軌跡―堯氏一族墓誌を手がかりにして―」(『中国出土資料研究』25、2021年)、共訳に『中国史書入門 現代語訳 北斉書』(勉誠出版、2021年)などがある。


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