東京大学大学院助教授

高山 博(たかやま ひろし)


『歴史学 未来へのまなざし −中世シチリアからグローバル・ヒストリーへ−

あとがき


歴史学
 自分が今いちばん関心をもっていること、書きたいことを自由に書いてほしい。これが、本書執筆を依頼されたときの言葉だった。そのとき、私は、自分自身の関心の中心にあり、多くの日本人が求めている事柄について書こうと思った。それは、私たちが生きている現在を歴史のなかでどのように位置づけ、これから先の世界や社会の動きをどのように見通すかという問題である。

 私がこれまでおこなってきた研究のすべても、つきつめれば、私たちが生きている現在を大きな歴史の流れのなかに位置づけて把握したいという欲求、これから先の世界や社会の動きを知りたいという欲求に基づいたものである。私が、二〇年以上、南イタリアの小さな島の歴史を研究してきたのも、中世ヨーロッパの統治システムの比較研究をおこなってきたのも、大学一・二年生のために「国際政治・経済・社会の変容とメディア」という授業を開講してきたのも、すべて、この点に帰着する。

 実際に本書を書き始めたときには、執筆依頼を受けてからすでに三年半が経過していた。しかし、この問題は、依然として私の関心の中心にあった。いやむしろ、その間に生じたさまざまな出来事や社会の変化によって、いっそう重さを増していたというべきかもしれない。

 このような問題関心のもとで、本書は、私自身の現在に対する見方を提示することを目的として書かれた。しかし、その前提として、歴史学が過去をどのように扱い、どのような問題を抱えているか、私たちの歴史観を規定している認識の枠組みがどのようなものであるかを論じておく必要があると思った。そのため、本書は、三部構成をとっている。第I部は、失われた過去に関する考察である。私が研究する中世シチリアを例に、研究者と過去との関係がどのようになっているのか、歴史学が過去の社会をどのように解明・再現するのかを説明した。第II部は、過去から現在への時代の流れとしての「歴史」についての考察である。時代の流れとしての歴史がどのようにして作られているのか、私たちが歴史の流れをどのように認識しているのかを論じた。そして、第III部が、現在についての考察である。いうまでもなく、第I部と第II部で扱った過去への認識、歴史への認識が、この現在を考察するための基盤となっている。この過去と歴史、現在に対する私の見方を、現在と今後の世界の動きを考えるための一つの参考にしていただければと思う。

 本書の大部分は書き下ろしたものだが、ここで扱った問題のいくつかはすでに新聞や雑誌などで論じてきた。また、第一章の冒頭部分には「中世シチリア王国とアラビアン・ナイト」(『本』一九九九年十月号五八ー六〇頁)を、第六章の冒頭部分には「ヨーロッパ中世研究と現代世界」(『大航海』一九九八年六月号一二ー一三頁)を書き改めて利用したこと、第二章の古文書と文書館のエピソードは『神秘の中世王国』(東京大学出版会、一九九五年)で紹介したものであることをお断りしておきたい。

            二〇〇二年六月

                                        高山 博

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