メール地獄

 

 数年前に比べて家にかかってくる電話の数が少なくなった.電子メイルが普及したからだ.電話は他人の時間の流れのなかに,突然,土足で踏み込んでくる.何かを書いているときでも,何かを読んでいるときでも,くつろいでいるときでも容赦ない.夜昼を問わない.締切を過ぎた原稿を書いている最中に,編集者からの督促の電話がかかってきて,さらに完成が遅れるということは日常茶飯事だ.だから,電子メイルの普及によって,人類が発明した最も野蛮な道具の利用回数が減るということは,文明の進歩というべきものだろう.

 電話から電子メイルへの完全乗り換え組の数は,年齢と反比例するようで,ちょうど私の世代くらいが電話派の勢力とメイル派の勢力が逆転するところのようだ.上の世代からの用事は,いまでも,夜中にかかってくる電話によるものが多いし,下の世代からの用事だと,ほとんどがメイルによるものだ.同世代の仲間でも,メイルの利用を頑なに拒否しているひとは少なくない.

 便利になったものだ.電話だとつい話し込んで数十分になってしまうことも,メイルだと短時間で処理することができる.電話だと連絡をとりたい相手が見つかるまでイライラし続けなければならない.その点,メイルだと,とりあえず出しておけば,それで済む.各人の生活時間の時差を調整してくれるわけだ.海外とのやりとりが,ファクスの利用によって,効率化したのと同じだ.

 と,最初は思っていた.しかしインターネットが普及してくるにつれて,一日に処理しなければならないメイルの数は幾何級数的に増えてくる.下手すると一日の仕事の中心がメイルへの返事を書くために用いられる,ということにもなりかねない.いったい電話時代にくらべて,いまでも時間の節約となっているのだろうか.海外からのメイルにいちいち英語で返事を書くのも面倒くさい.明らかなジャンク・メールは見るだけでうんざりうする.

 けっきょく電話恐怖症からは癒されたものの,新たにメイル恐怖症にさいなまれるようになってしまった.土日はメールボックスをなるべく開かないようにしているが,そうすると,そのあいだにさらに未読のメイルがたまってしまう.プライベートのアドレスだと喜んでチェックするのに,仕事用だとついひるんでしまう.だから,みなさん,すぐにメイルの返事が来ないからといって怒らないでください.お願いします.

[2000/4/6] 

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