もうすぐ2001年

 スタンリー・キューブリックが死んで,レンタル・ビデオ・ショップをのぞいてみたりすると,彼の追悼コーナーがあったりする.キューブリック映画とのつきあいは長い.最初に見たのはもちろん『2001年宇宙の旅』だ(このとき日本ではキューブリックのことをカブリックと呼んでいた).

 中学生のとき,友人二人と,武蔵野の田舎から,はるばる銀座一丁目まで,『2001年 … 』を見るために,今は亡き「テアトル東京」というシネラマ劇場まで出かけた.このとき一緒だった友人の一人は,なんと中一にしてガモフ全集をすべて読破してしまったという典型的な理科少年で,現在,どこかの会社でエンジニアをやっているはずだ.もう一人は東大野球部のマネージャーをつとめたあと,ある労働組合で書記をしている.

 今から考えると信じられないことだが,当時,『2001年 … 』は難解映画の代表のように言われ,僕たち三人が休み時間に銀座遠征の相談をしていたとき,すでにこの映画をみたことのある別の友人から,「わけがわからない映画だから,見に行かない方がいいよ」と忠告された.しかし僕たちは一度で,この映画に魅せられた.

 リヒャルト・シュトラウスのツァラトウストラの音楽と,人類の夜明けを示す映像との一体感.人類の祖先が最初に使った道具と,宇宙船との巧みな重ね合わ.ヨハン・シュトラウスの音楽とともに映し出される,ドナウ川よりもドナウ川らしい宇宙空間.生まれて始めてみる精巧な特撮技術.サイケデリックな光のシャワー. … .

 そして同じ日にもう一回見た.それから数週間後に,さらに数人の仲間を加えて見に行った.しかし,その後6,7年間は上映されることがなかった.このあいだに「幻の名画」としてイメージが自己増幅していった.リバイバル上映されて見に行ったときには,乾いた土に水がしみこんでいくように,見入った.テレビでも上映されるようになって見た.ビデオが普及して,また,見た.DVDでも見ようと思っている.全部で15,6回見たと思うが,このことをある友人の中国文学者に話したら,自分は子どもと一緒に『となりのトトロ』をビデオを含めて20回見ましたと言われた.これは脱線.

 もうすぐ2001年になるが,『2001年 … 』のような世界が実現する気配はない.そういえば映画のなかの宇宙船はパンナムのマークをつけて飛んでいたが,2001年以後にも,これは実現しないだろう.当時はパンナムが倒産するとは誰も考えていなかった.いまから考えるとほほえましいが,映画のなかのプリンターは電動タイプライターで,これも実現しないだろう.もっとも,映画のもう一人の主人公であるハルの名前の由来となったIBMはいまでも健在だが … .

[1999/5/17]

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