「専門家」の判断

 インドネシアのスハルト大統領が辞任しました.「スハルトでなければ広大なインドネシアをまとめることができないから,アメリカも彼の辞任を望んでいない」と今週初めのニュース番組で述べている専門家がいました.今回の事件が起きるかなり前のNewsweekの論調は,すでに,スハルトの失脚は時間の問題と思わせるに十分なものでしたし,また,IMFがインドネシアに要求した条件というもののなかに確か生活必需品に対する補助金の削減があり−−記憶違いだったらごめんなさい−−,これなど素人眼には国際社会(=アメリカ)がスハルトを見捨てたと思わせるものであっただけに,この専門家の発言はちょっと意外でした.しかし僕の情報源は乏しいですから,「そんなものかなあ」と思ったものです.ところが4日後の今日,このような事態です.

 似たような経験は,1991年の旧ソ連の右派によるクーデタ失敗事件のときにもありました.今から考えると信じられないかもしれませんが,クーデタ発生の当初,事態はまだ流動的で,このままソ連はゴルバチョフ以前の時代に逆戻りしてしまうのではないかという懸念もあったのです.テレビに釘付けになっていましたから,よく覚えています.このときも,ソ連の軍事問題の専門家が出てきて,「ロシア人は長いものに巻かれろだから,クーデタは成功するだろう」と発言していました.この人,ソ連の軍人の名前や軍隊の内部事情にやたらと詳しくて,その知識を披瀝するものですから,半信半疑ながらも「そういうものかなあ」と思わざるをえませんでした.このときのクーデタを,フルシチョフの失脚になぞらえている評論家も多数いました.少なくとも当時の雰囲気は,こんなものでした.

 と,こう書くと,専門家の判断など当てにならないと言おうとしているように聞こえるかもしれませんが,違います.1991年の事件のときも,東大社研の和田春樹さんは立派でしたね.よれよれの背広を着てテレビ・カメラの前に出てきて,身なり正しい多数の評論家がもっともらしいことを言っているなかで,炭鉱労働者が開始した抗議ストのことなどを例にあげながら,「このクーデタは失敗する」と事件発生直後から断言していました.そして,その通りになりました.

 ですから専門家が信頼できないのではなくて,本当の専門家と偽物の専門家がいて,ジャーナリズムの世界では得てして後者が多いということです.桑原桑原.[1998/5/21]

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