|
ボリス・アクーニン セルゲイ・ガンドレフスキー ヴャチェスラフ・クーリツィン 島田雅彦 三浦雅士 沼野充義(司会) |
質疑応答参加 タチヤーナ・トルスタヤ ヴィクトル・ペレーヴィン 柴田元幸 |
以下に掲載するのは、2001年10月27日に東京大学山上会館で行なわれた国際シンポジウム「日露作家会議――モスクワ―東京2001」の午後の部である。これはこのところ途絶えがちな日本とロシアの作家・読者間の交流を活発にすることを目的として、国際交流基金の助成を得て行なわれたもので、じつはその半年ほど前の2001年3月に同じ趣旨の会議がモスクワで開催され、日本からは島田雅彦・多和田葉子・沼野充義・山田詠美の四名、ロシアからはアクーニン、ソローキン、トルスタヤの三名が参加し、座談会・講演会などが行なわれた(このときの座談会は「火星にリンゴの花咲くとき」と題され、『新潮』2001年7月号に掲載され、またモスクワ大学における日本の作家たちの講演会の模様は『早稲田文学』2001年9月号の特集・北緯R度の文学に掲載されている)。
モスクワでの会議の成果を踏まえて行なわれた今回の東京の会議では、来日したロシアの作家たちそれぞれとの個別のセミナーのほか、「モスクワ―東京2001」と銘打ってシンポジウムが午前・午後の部と2セッションにわたって開催された。紙面の関係でここに収録できない午前の部には、亀山郁夫(司会)、タチヤーナ・トルスタヤ、ヴラジーミル・ソローキン、ヴィクトル・ペレーヴィン、柴田元幸、藤井省三の各氏が参加し、「現代世界と小説の可能性」というテーマをめぐって議論が展開した。
客席数百ほどの会場には、幸い、多くの熱心な聴衆が詰めかけ(その中にはわざわざ韓国やアメリカから聞きに来たロシア文学の専門家もいた)、立ち見もでるほどの熱気ある雰囲気の中でシンポジウムは行なわれた。とはいえ、すべてが順調だったわけではない。運悪く、その日は午後五時過ぎに東京大学の電気設備の点検のため一時的に停電になることがわかっており、ほんの数分ですむかも知れないけれどもひょっとしたら一時間続くかもしれないという停電のために、事務局はきりきり舞させられ、おろおろ考え込み、ついに発電機と大型のサーチライトまでレンタル会社から借りてきて、準備したのだった。停電は午後五時きっかりに始まり、その途端、てぐすね引いて待っていたスタッフがすかさず発電機を回し、サーチライトを点灯した。暗闇の中にパネリストたちの姿がくっきりと照らしだされ、われわれはまるでクリスマスのときの教会のキャンドル・サーヴィスのような非日常的で不思議な雰囲気の中で会議を続けたのだった。停電がほんの数分で終わってしまったことが、残念に思えたほどだ。
こうして二部あわせて延々六時間にもおよぶシンポジウムは、あっと言う間に過ぎていった。通訳は吉岡ゆきさんと三浦みどりさんのお二人。日本で最高レベルの練達の通訳であるお二人にとっても、この会議の通訳はたいへんな仕事で、地獄のような六時間を体験させてしまったことを思うと、主催者側としては心が痛むが、しかしそのおかげでとても充実した議論が成り立った。それ以外にも、もちろん多くの友人、同僚、学生たちの献身的な協力があったからこそ会議を無事行なうことができた。いちいちその名前を挙げることはしないが、皆さんに特大の「スパシーバ」を千回申し上げたい。(沼野充義)