「ウクライナ文化の現状」
 — ウクライナ語・ウクライナ文学を中心に

北出 大介
(東京大学大学院人文社会系研究科博士課程・スラヴ文学)



1.スルジク(СУРЖИК)

"Мнє лічно, чесно скажу, всьоравно, потому шо я оба язика харашо знаю."
— Верка Сердючка


スルジクとは? 辞書の示す定義:


Грінченко Б. Словарь української мови в 4-х томах, передрук з 1907. К.: Наук. думка. 1996.

  1. 混合された穀草、またそれから作られた粉で、例えば、小麦とライ麦、ライ麦と大麦、大麦とカラス麦などの混合。
  2. 混血児:「彼は混血(суржик)であった―父親はジプシーで、母親はうちの村出身の娘であった。」


Словник української мови. К.: Наук. думка. 1970-1980.

  1. 混合された穀草の意(フリンチェンコと全く同じ)
  2. 転意、口語 人工的に結合された二つもしくはいくつかの言語の要素で、標準語の規範を保たないもの。混成言語(нечиста мова)。


Українська мова. Енциклопедія. К.: Українська енциклопедія. 2000.

>

 「スルジク(逐語―ライ麦と小麦、大麦とカラス麦等の混成)―標準語の規範を保つことなく人口的に結合された要素を持つ言語。理由も無く(ウクライナ語とロシア語の干渉による結果)借用されたロシア語の要素で汚されたウクライナ語の口語について用いられる。例:самольот, січас, тормозити, строїти, кидатися в очі, займатися в школі, гостра біль。スルジクとは民族的色あい、美しさ、表現性を欠いた貧困な言語である。日常の会話に極めて広く用いられ、さらに新聞、雑誌、書籍、パンフレットのページにまで入り込んでいる。スルジクとの戦いは、ウクライナ語の美化・洗練化の分野で最も主要な課題の一つである。詩的言語におけるスルジクは、登場人物のモデル化、個性化、また滑稽な、アイロニックな効果を生み出すための文体的手段である(例えば、О.チョルノフーズの『ヴァプニャルカの“貴族”』に登場するカラペット夫人)。」



L.ビラニュークの定義 Bilaniuk L. Speaking of Surzhyk: Ideologies and Mixed Languages.// Harvard Ukrainian Studies. XXI (1/2) June 1997/99: PP.93-117.)

  1. 音声・音韻論的レベル
    1. ロシア語、ウクライナ語の音声的特徴を混ぜてしまう。例えば、母音/y/に関して、ウクライナ語のиとロシア語のыは調音点が異なるが、それを無視してロシア語の発音でウクライナ語のиを発音してしまう。またгに関しても、多くのウクライナ人はロシア語の「年」、「都市」をそれぞれ[hod]、[horod]と発音してしまう。
    2. 音韻規則の混同。例えば、ロシア語の音韻規則アーカニエをウクライナ語に適用してしまう。またウクライナ語のщо[ščo]をロシア語のように[š’:o]と発音してしまう。
    3. 方言的発音もまた言語学のバックグラウンドを持たない一般の人々からはスルジクだと解釈されてしまう(例 数字の5を[pjat’]ではなく[pjet’]と発音する等)。

  2. 8
    1. 一方の言語の語彙を話者が思い出せない時にもう片方の言語の語彙が用いられる。これは特にウクライナ語とロシア語の単語が全く似ていない時に起こることの多いケースで、例えば、ウクライナ語のїдальняのかわりにロシア語のстоловая、полуницяのかわりにклубника、зупинкаのかわりにостановкаなどが用いられる。
    2. 地域的、方言的特徴を持った語彙が標準語で用いられる場合(方言形はスルジクではないものの、言語学者でないかぎりスルジクと捉えてしまうこともある)。ウクライナの標準語でジャガイモはкартопляもしくはбульбаであるが、картофля, бараболя, мандибурка, буришка, крумпліなどの方言形が存在する。また、ロシア語のкартошкаも用いられる。

  3. シンタクス
    1. 一方の言語のシンタクスがもう片方の言語に用いられることがある。最も代表的なものが、「―語で」を意味する場合にウクライナ語の造格のかわりにロシア語の前置格が用いられるケースである。「その本は英語で書かれている。」を標準ウクライナ語のКнига написана англійською мовою.のかわりにКнига написана на англійській мові.(ロシア語Книга написана на английском языке.の影響)とする。
    2. 地域的特徴 代表的なものがСЯ動詞のСЯの分離、移動である。例:Я ся помилила.私は間違えた。(標準ウクライナ語ではЯ помилилася.

  4. 意味論
  5.  かたちは似ていても、ウクライナ語とロシア語では意味の異なる語がある。例えば、час(ウクライナ語では「時、時間」、ロシア語では「(時間の単位としての)時間」)やウクライナ語のнеділяは「日曜日」を意味するのに対して、ロシア語のнеделяは1週間を意味する。また、ウクライナ語で「働く」はпрацюватиであるが、ロシア語のработатьの影響を受けてробитиをスルジク話者は「働く」の意味で用いる(робитиは、本来は「する、行なう」の意で、ロシア語のделатьにあたる)。


  6. 恒常性と一時性
  7.  上に示した非標準的特徴は、ある話者には恒常的に見られることもあれば、別の話者では一時的なもので、話すスピード、誰と会話しているか、といった様々な条件でいくつかのフレーズにしか見られないこともある。





2.作家や詩人たちの反応は?

 ユーリー・アンドゥルホヴィッチ 1 (Андрухович Ю. Украинский язык здесь и сейчас.// Российско-Украинский Бюллетень. 2000, №6-7)

 東ウクライナはというと、もはや二重言語地域ではなくロシア語地域であり、しかも音声的に見てもこのロシア語は地域的特徴(モスクワで「南のアクセント」と呼ばれるもの、例えばあの悪名高き破裂音“h”)を無くしつつある。今ではキエフ、ドネプロペトロフスク、ポルタワ、チェルカスの若者は標準語といって良いロシア語で話し、彼らは美しい言葉遣い、新しいスラングも知っている。この若者たちがロシア語だけでなくウクライナ語で話せたならば良いのだが。

 それでは、「スルジク」は、この愛しい私生児、キマイラのような雑種、バイリンガリズムの混血児はどこにいるのであろうか?それはしかるべきところ―バイリンガリズムが存在する場所である。つまり、もはや東ではなく西に存在しているのだ。今や、「意識の高いガリツィア人」を含めた西ウクライナ社会の大部分がまさにこの「スルジク」で話しているのである。東では「展望の無い」村、町そしてそこで死んでいく老人たちとともにスルジクは消えつつある。

 (中略)ウクライナにおけるルンペン化とは、何も「バザールと駅」や表情の無い顔、短髪にジャージといったものだけではない。これはさらに幼稚なロシア化、数百語しか持たない言葉、ロシア語の「ピジン」のことでもある。結局のところ、この言葉こそが我々の社会で最も尊敬を集めている人々、ギャングの親分、ポップミュージックのスター、スポーツ選手、成金たちの言葉なのだ。それぞれの分野で頂点を極めるために彼らはウクライナ語を必要としなかったのだと人々は考えるだろう。そして自分にとっても必要ない、と考えるだろう。

 もしこの状況がさらに今後も続くならば、1・2世代でウクライナ語は日常生活から完全に姿を消してしまうのではないかとすら私には思われる。



 オクサナ・ザブジコ 2 (Забужко О. Репортаж із 2000-го року. Київ, 2001. с.77-78)

 生まれつきロシア語話者である大部分の人々が、ウクライナ語をきちんと知っているわけでもないのに、急にウクライナ語化することを余儀なくされたことに問題があるかのように捉えるのはあまりにも子供じみた考えである。というのも、何が問題なのかといえば、彼らはロシア語もまたきちんと知らないのだ。(中略)クレオール語で話すということは、思考もまたクレオール的であることであり、醜く、濁って、狭い世界観を持つということ。そしてまた、その世界観に見合った生活しか築くことができないのである。



 『ウクライナ・セックスのフィールドワーク』より  (О.Забужко Польові дослідження з украинського сексу. К., 2003. с.43)

 Еге ж, exactly — чи, коли хто воліє, «вот імєнно». От чим ще, до речі, паршива чужа країна — набиваються, натрушуються, як пух у ніздрі, напохватні чужинецькі слівця й звороти, заліплюють пори в мозкові, нахабно тиснуться попідруч, навіть коли ти наоднинці з собою, — і незчуваєшся, як починаєш балакати «хеф-напів»...

 ええ、確かに、「まさにその通り」と言ってもいいかしら。ところで、外国の何が嫌かって、鼻の穴に綿毛が入り込んでくるように、手頃な単語や表現が押し寄せてきて、脳の穴に傷をつけて、独りでいるときですら、あつかましく手を組もうとしてくることよ。そして「半分半分」(半分は英語で、半分はウクライナ語で)な話し方をするようになってしまっている自分にも気づかないの。



ボフダン・ジョルダク 3 (Жолдак Б. Макабреска. Про ізвращенцьов.// Література Плюс. №4 (29), червень 2001р.)

 Чомусь наші історії про ізвращьоньців не кінчаються, а навпаки. Бо був ув Київі один із них такий геть жуткий, хоча, як потом з'ясувалося, він виявився не простий ізвратнік, бо це був перст судьби. По сравнєнію з которим любий покажецця младенцьом, як, приміром, той младенець, який взяв і випав ізо сімнадцятого ітажа, чим остався жив. Або, скажімо, музикант-фізгармоніст, що ізвращався, сидя під туалєтом. Бо цей, про якого буде мова, був професіональний професор, причому медицинськиї навук. І що його оті особливості медицини, як науки, навсігда довели до крайності. Бо він так в совіршенстві знав і ізучив людське тіло до такой стєпіні, що воно вже його давно перестало інтєрисувать як мужчину.

 どうしたことか我々の異常者の話はまだ終わるどころかその逆だ。キエフの異常者の一人は、とてつもないやつで、後で分かったことだが、単なる異常者ではなく、これはもう運命と言ってもよかった。その男と比べたらどんなやつでも赤ん坊みたいなものだ。といっても、さっき話した17階から勢い余って落ちても生きているような異常な赤ん坊だが。それか、汲み取り式トイレの底に座って喜んでいた足踏みオルガン奏者か。これから話すのはプロの教授、しかも医学の教授だった男の話だ。科学としての医学のもつ特殊性が彼を永遠に異常の世界へと連れ去ることになってしまったのだ。つまり彼は人体の細部に至るまで知りつくし学びつくしていたので、彼は男性として生きた人間に興味を抱くことをずっと前にやめてしまった。


㱄t'

1. ユーリー・アンドゥルホヴィッチ 1960年、スタニスラフ(イヴァノ=フランキフスク)生まれ。
"Бу-Ба-Бу" (бурлеск, балаган, буфонада)をヴィクトル・ネボラク、オレクサンドル・イルヴァネツと結成、80年代後半に文壇に登場、一躍人気作家となる。ロシア語では"Рекреації"、"Московіада"、"Перверзія"がНезависимая Газетаから翻訳出版されている。  戻る


2. オクサナ・ザブジコ 1960年、ルツク生まれ。
1996年に発表された『ウクライナ・セックスのフィールドワーク』がウクライナ文学としては異例の大ベストセラーになる(ロシア語の翻訳はНезависимая Газетаから出版)。現代ウクライナ文学で最も人気のある作家の1人。  戻る


3. ボフダン・ジョルダク 1948年キエフ生まれ。1972年キエフ大学人文学部卒で、散文を書き始めたのは1960年代からとのことであるが当時は発表の機会に恵まれず、映画の脚本家としてキャリアをスタートした。現在では主に短編を中心とする散文作品を新聞、雑誌に発表する一方、ラジオ番組の司会者、キエフ国立演劇大学教師、ジャーナリストと多彩に活躍している。現在では現代ウクライナで「最も偉大なる」作家である(体重154キロ!)。  戻る




先頭に戻る

「会合の記録」一覧に戻る

ホームページに戻る