ポスト共産主義時代のチェコ文化
(報告レジュメ)
石川 達夫(神戸大学)
報告者プロフィール:
1956年東京生まれ。東京大学文学部卒業。プラハ・カレル大学留学の後、東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。現在、神戸大学教授。スラヴ文化論専攻。
主要著書:『マサリクとチェコの精神』(成文社、サントリー学芸賞および木村彰一賞)、『黄金のプラハ』(平凡社)、『プラハ歴史散策』(講談社+α新書)、『チェコ語初級』『チェコ語中級』(大学書林)、『チェコ語CD入り』(朝日出版社、共著)など。
主要訳書:チャペック『マサリクとの対話』『受難像』『苦悩に満ちた物語』『外典』、マサリク『ロシアとヨーロッパ』I・II(以上、成文社)、『チャペックの犬と猫のお話』(河出文庫)、ハヴェル『反政治のすすめ』(恒文社、共訳)など。
HP=http://ccs.cla.kobe-u.ac.jp/staff/ti/WWW/index.html
1.「失われた時を求めて」――共産主義時代に禁止されていた作家と作品の復活(ただし、じきに関心は低下した)。全集の刊行。哲学者=マサリク、パトチカ、作家=フラバル、ハヴェル、サイフェルト、シュクヴォレツキー、(クンデラ)。
2.「自分たちの居場所を求めて」――ポスト共産主義の中欧の歴史的段階=1989年のいわゆる「東欧革命」(ソ連・ロシアの強い圧力からの解放)、1999年の中欧諸国のNATO加盟と2004年のEU加盟(ロシアからの防御の確保とドイツの脅威の低下)。求心力を生じさせる外部的圧力が低下した今、もはや、中欧の独自性を強調するような言説が力を持つことはなくなるのではないか。80年代に高まった「中欧」論は、ソ連=ロシアの餌食になった中欧諸国のソ連=ロシアへの反発と、ハプスブルク帝国へのノスタルジーという側面が強かったのではないか。最近では、西欧の市民社会の伝統の中に自らを定位しようとする志向が現れているようである。Cf. 小山哲「よみがえるヤギェウォ朝の記憶――ヨーロッパ統合と東中欧史の構築」『歴史としてのヨーロッパ・アイデンティティ』(山川出版社、2003年)。ミロスラフ・フロフ『民族的存在の敷居にて』(1999年)。クンデラのヤナーチェク論(『私のヤナーチェク』2004年)。
3.ポスト共産主義時代のチェコ文学
●ペトル・ビーレク「ポスト共産主義のチェコ文学」(2003年)
- 「ビロード革命」以後、書籍出版部数全体は増大しているが、文学の発行部数は減少している(26パーセント)。文学はその伝統的な役割(特に「国民の良心」の役割)を果たすのをやめた。
- 90年代前半は大きな期待の時代だった。禁止されていた文学の出現。しかし、期待ほどのものではなくて、じきに売れなくなる。10万部以上の部数で発行したために、1993〜94年に新しい資本主義において最初の経済危機を呼び起こした。「低価格本」書店の出現。50〜90パーセント値引き。人々が本を買わなくなる。90年代前半は大きな期待の幻滅として特徴づけられる。「文学の世界と現実との間には関係がない」という意識。90年代前半には、伝記と自伝がドミナントなジャンルとなった。人工的な自伝も現れる。
- 90年代後半の傾向の一つは、ベストセラーを作り出そうとする努力。ミハル・ヴィーヴェクは読者の世界像を肯定する。読者に、「君が世界について考えていることは正しい。僕は君の世界の見方を疑問視したくない」と強調する。ヴィーヴェクはメディアにとって「肯定的な人物」であり、メディアを通じて自分への関心を喚起する。メディアには「否定的な人物」も必要であり、それ初めヤーヒム・トポルだったが、ミロシュ・ウルバンが彼に取って代わった。もう一つの傾向は、非常に複雑で洗練されているので、誰も買わず誰も読まないような作品を書こうとする傾向。このような作品は助成金を得て出版される。
- 90年代のチェコ文学は、『ハリー・ポッター』のようである。それは文学的な観点からは面白くなく、退屈で、場面とエピソードの連続にすぎない。
●ペトル・ビーレク「ポスト共産主義のチェコ文学」(2003年)
- 「ビロード革命」以後、書籍出版部数全体は増大しているが、文学の発行部数は減少している(26パーセント)。文学はその伝統的な役割(特に「国民の良心」の役割)を果たすのをやめた。
- 90年代前半は大きな期待の時代だった。禁止されていた文学の出現。しかし、期待ほどのものではなくて、じきに売れなくなる。10万部以上の部数で発行したために、1993〜94年に新しい資本主義において最初の経済危機を呼び起こした。「低価格本」書店の出現。50〜90パーセント値引き。人々が本を買わなくなる。90年代前半は大きな期待の幻滅として特徴づけられる。「文学の世界と現実との間には関係がない」という意識。90年代前半には、伝記と自伝がドミナントなジャンルとなった。人工的な自伝も現れる。
- 90年代後半の傾向の一つは、ベストセラーを作り出そうとする努力。ミハル・ヴィーヴェクは読者の世界像を肯定する。読者に、「君が世界について考えていることは正しい。僕は君の世界の見方を疑問視したくない」と強調する。ヴィーヴェクはメディアにとって「肯定的な人物」であり、メディアを通じて自分への関心を喚起する。メディアには「否定的な人物」も必要であり、それ初めヤーヒム・トポルだったが、ミロシュ・ウルバンが彼に取って代わった。もう一つの傾向は、非常に複雑で洗練されているので、誰も買わず誰も読まないような作品を書こうとする傾向。このような作品は助成金を得て出版される。
- 90年代のチェコ文学は、『ハリー・ポッター』のようである。それは文学的な観点からは面白くなく、退屈で、場面とエピソードの連続にすぎない。
●ペトル・ビーレク「文学はメディア操作の的になった」(2004年)
- どれが現代の重要な文学作品かについて一致がない。批評の分散、文学賞の分散。
- 書籍出版はもはや文学を意味しない。
- 書籍出版はビジネスである。出版社は80年代末の30足らずから急増(2003年で約3500)。しかし、年30点以上出している出版社は90程度。
- 自伝的ジャンルの優越。90年代初めには新しくて周縁的なジャンルだったものが、90年代中頃にスタンダードな文学ジャンルとなる。文字通りの自伝と擬似伝記と架空の伝記の間の境界が消失する。
- 90年代前半は禁止されていた作家たちの回帰の時代。文学はそのテーマによっても詩学によっても過去に戻って、現代との繋がりを失った。
- 90年代後半は60年代の偉大な世代への関心が消える。新しい作家たちが現れるが、マンネリズムに陥る。
- 2000年以降は、「1年限り、あるいはワン・シーズン限りの作家たち」の出現。
- 文学への関心はメディアによって、メディアの注目によって作られるようになった。
参考:「文学アカデミー(ヨゼフ・シュクヴォレツキー私立大学)」。作家養成大学。授業料年間54 500コルナ。1学年学生数90人、現在の学生数258人。
参考資料 (95.8KB) [PDFファイル]