革命前のロシアの大衆小説
――探偵小説、オカルト小説、女性小説――

久野康彦


 当論文で扱うのは19世紀後半から20世紀初頭にかけてのロシアの大衆小説である。ロシアでは1960年代の改革の時代を境に、都市化の進行、読み書き能力の普及に伴う読者層の拡大、出版産業や新しい大衆的メディアの発達などを背景に様々な大衆文学が書かれ読まれていた。その多くは今日忘れられてしまったものの、それは革命前のロシアの文化史の貴重な資料であると同時に、「主流の文学」に見られないテーマや観念を見いだせる点で当時の文学状況の全体像を再検討する鍵ともなりうるものである。この論文では革命前の大衆文学のうち「探偵小説」「オカルト小説」「女性小説」という3つの特徴的なジャンルを取り上げ検討してゆく。


(1)探偵小説

 論理的推理の要素を必須とせず、犯罪を捜査する過程を語る物語と「探偵小説」を広く解釈してゆくならば、そのようなジャンルは革命前のロシアにも存在していた。都市化の進行、犯罪の増加、司法・警察制度の整備、西欧の探偵小説の紹介、読者層の拡大、大衆メディアの発達などを受け、1872年、アフシャルーモフ、.パノーフ、シクリャレフスキーという3人の作家が単に犯罪の「記録」ではなく犯罪の捜査の過程を語る「物語」を発表することで、ロシアに始めて「探偵小説」が誕生する。以後「探偵小説」は革命前のロシアの大衆文学の主要なジャンルの一つとなってゆく。ロシアの「探偵小説」の特徴は、英米の探偵小説の論理的推理の要素もフランスの探偵小説の活劇的要素もない代わりに、犯罪心理に対する関心を強度に誇大化させて物語を作る点にある。そのようなロシアの「探偵小説」の傾向を最も顕著な形で体現しているのが、19世紀後半のロシアを代表する「探偵小説」作家で当時「ロシアのガボリオ」と呼ばれ大きな人気を博していたアレクサンドル・シクリャレフスキー(1837-83)である。彼の独自性は、予審判事による1人称と容疑者の証言・告白という語りの形式を重層的に組み合わせることでより精緻な心理分析を実現すると同時に、勧善懲悪的な構図を崩すことで劇的なアンチクライマックス的結末を提示する点である。

 一方、1907年から1917年にかけて「分冊シリーズ探偵小説」という新しいタイプの「探偵小説」がロシアに登場し広汎な読者を獲得してゆく。これはナット・ピンカートン、ニック・カーター、シャーロック・ホームズなど有名な外国の私立探偵を主人公にした「探偵小説」で、独特な装丁やアクション重視の内容という点で、従来のロシアの「探偵小説」ではなくルボーク文学やアメリカのダイム・ノヴェルズの系列に連なるジャンルである。だがダイム・ノヴェルズが国民的ヒーローの形象を重視し、ルボーク文学が外国起源の題材をもロシア化して取り込むのに対し、「分冊シリーズ探偵小説」はエキゾチズムと科学への飽くなき関心が際立っている。この点で「分冊シリーズ探偵小説」は、20世紀初頭の都市文化の産物として、ほぼ同時期に誕生した映画と極めて強い類縁性を持っている。そして一般に教訓性の強いとされている革命前のロシア文学においても後のハリウッド映画を思わせる徹底した娯楽性を打ち出している点でロシア文学の歴史においても極めて注目に値するものなのである。


(2)オカルト小説

 19世紀後半のいわゆるリアリズム期のロシア文学においてオカルト小説の多くは大衆文学の領域で書かれていた。この時期オカルト小説に強い影響を及ぼしたのは、1850年代以降西欧で大流行したスピリチュアリズム(心霊主義)である。当時の有名な大衆小説作家フセヴォロド・ソロヴィヨフ(1849-1903)の連作長編『魔術師たち』(1888)と『偉大な薔薇十字団員』(1889)では、スピリチュアリズムのモチーフがロマン主義のメスメリズムやフランスのシャルコーに代表される当時の精神病理学と結びつき、一種独特な心理分析的な幻想表現を生み出している。また十月革命前のロシアで最も人気を誇った作家の一人であるアレクサンドル・アンフィテアートロフ(1862-1938)の長編『火の花』(1895, 1910,11) は、同じく「死後の生」というスピリチュアリズムのテーマを扱いながらも、実証主義者の書いた幻想小説という点に特徴がある。オカルト、フォークロア、民間信仰、古代・中世文学、神話などの多彩な情報を盛り込みつつ超自然現象に対し合理的解釈を提示してゆく一方で、アンフィテアートロフは完全に理性で神秘を割り切らない。合理的思惟ではすべてを捉えきれない「フォークロア、民間信仰、神話」などの領域が実証主義的世界観に対置されており、そのことによって『火の花』は幻想小説としての奥行きを獲得しているのである。

 一方、19世紀末から20世紀初頭にかけてロシア・シンボリズムの詩人・作家たちの台頭とともにオカルト小説は「主流の文学」において復権する。そこに強い影響を与えたのはロシア人女性エレーナ・ブラバツカヤ(1831-91)を創始者とする神智学であった。しかし、シンボリストたちにおいてはオカルトの影響は複合的であるのに対し、よりストレートな神智学の影響を見せたのは大衆的オカルト小説であった。革命前のロシアにおける最大のオカルト小説作家ヴェーラ・クリジャノフスカヤ (1857-1924)の長編『ある惑星の死』と『立法者たち』では、滅亡の迫った地球を舞台にした善と悪の戦い、および別の惑星を舞台にした新世界建設が描かれている。そこには神智学が本来持つ西欧批判的観点が見られるが、必ずしもそれは思想的一貫性を持っているわけではない。むしろ思想的な浅さを露呈しつつも、野放図とも言える文学的想像力のうちにキッチュな世界を具現化してゆく点にクリジャノフスカヤの面白さがある。とりわけ『ある惑星の死』と『立法者たち』に見られるオカルトと科学の結合や宇宙的な進化のビジョンは、後のソビエトの精神風土を先取りしていて興味深い。


(3)女性小説

 女性が書き手であり、男性の書き手にはない女性独自の視点を反映させた小説を「女性小説」とするならば、そのような小説が既成文壇を脅かすほど大きな勢力となったのは、ロシアではまさに20世紀初頭であった。とりわけ伝統的なリアリズムの流れを汲んだ女性小説やモダニストたちの女性小説と比べ、男性的な価値観にとらわれない、より自由な「女性の声」を反映させたのが大衆的女性小説であった。20世紀初頭のロシアの大衆的女性小説は、センセーショナリズムと女性の文筆活動の自由な領域となった点で1860年代のイギリスの煽情小説と共通点を見せる一方、「シリアスな文学」と「大衆文学」の境界線上に位置していたという点で独自の特徴を持つ。  センセーショナルな恋愛を描き当時の最大のベストセラーとなったのがアナスタシヤ・ヴェルビツカヤ(1861-1928)の大河長編『幸福の鍵』(1909-13)である。この作品の新しさは、女性独自のセクシャリティを描きつつ、1905年の第1次ロシア革命後の社会の変動と、女性の自己実現の問題を結びつけたことにある。飽くなき恋愛遍歴と自己実現に駆り立てられるヒロインの内的エネルギーと「革命」へ向かう社会的エネルギーの重なり合いに、19世紀から20世紀にかけて女性作家たちを捉えてきた「幸福」の問題の解決を求めたところに単なるラブ・ロマンスとは異なるこの作品の別の側面――ニコライ・チェルヌイシェフスキーの『何をなすべきか』(1863)を先行者とする「思想小説」の継承者という側面が窺えるのである。

 一方、「少女小説」という特異な女性小説のジャンルで当時絶大な人気を誇っていたのがリジヤ・チャールスカヤ(1875-1937)である。とりわけ成功を収めたのが『寄宿女学校生の手記』(1901) 、『公爵令嬢ジャヴァハ』(1903)、『リューダ・ブラソフスカヤ』(1904)といった大胆で誇り高い公爵令嬢ニーナ・ジャヴァハとその友人のおとなしいリューダ・ブラソフスカヤを主人公にした一連のシリーズであり、この論文ではこの3作品を考察の対象にしている。このシリーズの特徴は、ロマンスに転化しない女性化された冒険小説であるという点にある。悪漢を倒しその報賞に美しい女性の行為を得るという冒険小説の公式は、チャールスカヤの作品では、「他人」の領域を精神的に征服することによって「他人」を「身内」の領域に取り込み、その報酬として「父」を得るという公式に代わっている。そして「父」に「ロシア」が重なることで、ヒロインたちの「冒険」はコロニアリズム的な色彩を帯びる。だがコロニアリズムを背景とすることによってのみ、ロマンスに転化しない女性化された冒険小説が可能となったのであった。



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