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1.東京大学スラヴ語スラヴ文学研究室の歴史

 東京大学スラヴ語スラヴ文学研究室の歴史は、1972年に文学部にロシア語ロシア文学専修課程が設置されたときから始まります。それまではロシア語ロシア文学研究を専門にする講座は東大にはなく、比較文学や言語などの講座に所属してこの分野を研究するしかありませんでした。木村彰一教授を専任スタッフとして迎え、ロシア語ロシア文学専修課程の授業が正式に開始します。

 さらに次の年には川端香男里助教授が着任し、2人制の講座としてスタートすることになります。第1期卒業生2名を送り出したのは1973年で、また当時国立大学としては唯一の博士課程を含む大学院専門課程が設置されたのもこの年でした。そして、1975年には木村彰一教授が退官され、栗原助教授が着任し、川端・栗原両教官による教育体制がスタートします。

 授業や学生の指導において、主に川端教官は文学、栗原教官はロシア・スラヴ語学とフォークロアを担当しました。以後約20年ほど、両教官が学生を指導する時代が続きます。

 しかし、1993年に栗原教授が転任、1994年に川端教授が退官し、当研究室は新しい時代を迎えました。1993年に長谷見助教授、1994年に米重文樹教授、金沢美知子助教授、沼野充義助教授が着任し、新たに4人の教官の体制でスタートします。また従来の「ロシア語ロシア文学専修課程」は「スラヴ語スラヴ文学専修課程」と改称され、それまでも行われてきたロシア以外のスラヴ語圏の言語文化の教育・研究体制が制度としても整うことになりました。研究室の名称は現在、「スラヴ語スラヴ文学研究室」に改められました。2003年に米重教授が退官、2013年には長谷見教授が退官し、三谷惠子教授が着任しました。また、2016年には金沢教授が退官し、楯岡求美准教授と平野恵美子助教が着任しました。現在、教員4名が勤務しています。「授業紹介」や「研究室年報SLAVISTIKA」、「大学院生紹介」のページをご覧になればわかるように、教員や院生が行うロシアやスラヴに関する研究はますます多様になってきています。

2.現在のスタッフの紹介



沼野充義教授

本来の専門は19世紀から20世紀のロシアおよびポーランドの文学(詩と小説の両方)だが、ロシア東欧文化全般に関心を持っている。また最近は研究の対象を特定の国や言語に限定せず、欧米や日本も視野に入れながら、現代文学の生成・流通過程を世界的なコンテキストの中でとらえるための多分野的・越境的なアプローチを探っている。2007年度からは新設された現代文芸論の専任教員として後者の「多分野的・越境的なアプローチ」を扱いながら、兼任するスラヴ語スラヴ文学ではロシア・ポーランド文学の具体的なテキスト読解の授業を担当している。最近の主要な関心は、<徹夜の塊>三部作(第1巻『亡命文学論』、第2巻『ユートピア文学論』、および近刊予定の第3巻『世界文学論』)や、現代日本語文学を世界文学の中に位置づけようとした『W文学の世紀へ』などの著書に現れている。また日本文学の外国語訳に関連した事業などにも参加しており、ロシア・ポーランドと日本の文化交流・大学間交流などに携わってきた。

主な著訳書:
  • 『永遠の一駅手前:現代ロシア文学案内』(作品社、1989)
  • 『スラヴの真空』(自由国民社、1993)
  • 『徹夜の塊:亡命文学論』(作品社、2002)
  • 『徹夜の塊:ユートピア文学論』(作品社、2003)
  • スタニスワフ・レム『ソラリス』(国書刊行会、2004、翻訳)
  • ウラジーミル・ナボコフ『賜物』(河出書房新社、2010、翻訳)


三谷惠子教授

スラヴ語学を専門とし、スラヴ語の通時態と共時態の双方を見ながら、言語域としての中・東欧地域の文化の諸相を研究している。ロシア語に代表されるスラヴ諸言語は相互の近似性が比較的高く、多くの共通した文法特徴をもつが、しかしまた、現代語の語彙、語形、構文などを比較すると異なりも多く見られる。そうした共通性と異なりの起源や、それぞれの現代語に至る過程を、文献学的分析に依拠しながら研究している。また、主要研究領域である旧ユーゴスラヴィア圏については、言語と社会や民族的アイデンティティの関係や、言語の創造的活動の所産としての文学にも関心をよせ、この地域の文学作品の翻訳を手がけながら、言語文化の媒体としての言語のダイナミズムに目をむける研究も行なっている。基本的には形態統語論に軸を据え、同時に、言語がそれだけで自立するシステムではなく、言語を使用する主体の意識やそれが使用される社会のあり方との相互作用によって構築される動態であるという視点をもち、多角的な言語文化研究をめざしている。

主な著訳書:
  • 『クロアチア語のしくみ』(白水社、2009)
  • 『スラヴ語入門』(三省堂、2011)
  • ミロラド・パヴィッチ『帝都最後の恋』(松籟社、2009、翻訳)
  • メシャ・セリモヴィッチ『修道師と死』(松籟社、2013、翻訳)

主な論文

  • Кэйко Митани. Текстологический и лингвистический анализ списков “Деяний апостолов Петра и Андрея в стране варваров” // Труды Института Русского Языка им. В. В. Виноградова. Выпуск 16. Лингвистическое источниковедение и история русского языка. (2016-2017). 2018. С.158-171.82.
  • Keiko Mitani. The Dream of King Jehoash: A Textual Analysis. Scrinium. 2018, No.14. pp.298-317.
  • 三谷惠子「近代国家の法における民衆言語−V.ボギシッチの言語観−」『青山ローフォーラム』6巻2号2018年, 1月, 1-20頁.
  • Keiko Mitani. The Croatian Tradition of the Story of Akir the Wise in South Slavonic Recensions. SLOVO, sv. 67 (2017), pp.1-21.
  • 三谷惠子『コンスタンティノス一代記』13章“ソロモン王の盃の銘”―R. ヤコブソンのスラヴ文献学への貢献, 再訪―SLAVISTIKA XXXII号 2017. 73-90.


  • 楯岡求美准教授

     当初は20世紀初頭のロシア・アヴァンギャルド演劇を研究していましたが、いまでは、19世紀から現在までのロシアおよび旧ソ連圏の文学、演劇、映画などに対象を広げて研究をしています。主な関心は、無味乾燥で閉塞的な日常に対し、芸術表現がどのように対抗し、人々の感覚を覚醒しうるのか、ということです。同時にその裏には、どのように芸術表現が人々の目をふさぎ、安易な癒しや適応を導くのか、という問いもあります。
     「殺すなかれ」「搾取するなかれ」という大前提は誰もがわかっていることですが、われわれは過去2世紀以上にわたって戦争や革命、紛争、格差などによって大量殺戮や略奪を繰り返しています。なぜ人は善良になれないのか。「善良」とはなんであるのか。
     諸研究はこれらの問いに取り組んでいるわけですが、文学・文化研究もこのような問いとも関わっています。ただし、フィクションというパラレルワールドを作ることによって、少し違うアプローチをします。明治以降の日本同様、18世紀以来、急速な近代化による社会変革を経験し、貪欲に新しい文化表現を取り込むとともに独自性の追求を余儀なくされたロシア・旧ソ連圏では、このような問題意識を強く意識し、また異化しようとしている作家が多いという特徴があります。笑いやアイロニーを武器に、従来の意味体系を解体し、実験的表現によって意味と記号の関係を刷新しようとする創作作品を通して、人間の諸相を考えてみたいと思います。

    主要論文:
    • 「メイエルホリドの演劇性−チェーホフ, コメディア・デラルテとの出会い」(小森陽一・沼野充義・兵藤裕己他編『講座 文学5 演劇とパフォーマンス』岩波書店, 2004年)
    • 「ナルキッソスの水に映る街 −劇場都市ペテルブルグ」(望月哲男編著『創像都市ペテルブルグ −歴史・科学・文化』北海道大学出版会、2007年)
    • 「創造と継承:エレヴァンの演劇事情紹介」(中村唯史編著『ロシアの南』山形大学出版,2014年)。

    越野剛助教

     ストルガツキー兄弟のSF小説『ストーカー(路傍のピクニック)』で描かれているような、未知の現象に遭遇したときの人間のふるまいに関心があります。ドストエフスキーの作品に見られる、てんかん、結核、コレラといった病気のモチーフは、人間の身体と精神の知りえない関係の謎かけとして興味深いものです。あるいは、トルストイの『戦争と平和』を出発点として、1812年のナポレオンのモスクワ遠征という出来事をロシア人はどのように迎えたのか、また異国の兵隊たちにロシアはどのように映ったのかについて調べてきました。現地で働く機会があったおかげでベラルーシの言葉と文学にも興味を持ち、とりわけ戦争とチェルノブイリ原発事故の文化的記憶について考えています。昨日までの常識がひっくり返るような大きな社会変動を幾度となく体験してきた中東欧や旧ソ連圏は、未知の驚異と人間の想像力についての研究の材料に事欠きません。最近では社会主義の文化交流という枠組みの内で、ソ連のイメージがどのように中国で受け入れられたかというテーマに取り組んでいます。

    主要業績:
    • 『ベラルーシを知るための50章』明石書店、2017年(服部倫卓との共編)  
    • 『ロシアSFの歴史と展望』北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター、2015年(編著)
    • 「乳母と乳牛―ロシアにおける代理のおっぱい」武田雅哉編『ゆれるおっぱい、ふくらむおっぱい―乳房の図像と記憶』岩波書店、2018年、183-201頁
    • 「チェルノブイリ原発事故と記憶の枠組み―ベラルーシを中心に」川喜田敦子・西芳実編著『歴史としてのレジリエンス』京都大学学術出版会、2016年、281-300頁
    • 「幻想と鏡像―現代ロシア文学における中国のイメージ」望月哲男編著『ユーラシア地域大国の文化表象』ミネルヴァ書房、2014年、154-173頁