伝統的論理学入門

 伝統的論理学(traditional logic)は、アリストテレスの論理学に関する諸著作に端を発し、西欧中世から近世を通し近年に至るまで、基本的学科目のひとつとしての地位を占めてきた、「正しい議論をするための」学術ないし「思考の法則を対象とする」学などとされる。議論は複数の命題を並べて行われ、また命題はそれを構成する諸項(項辞−ラ:terminus, 英:term)から成っているため、論理学の構成は、項辞論、命題論、推理論を主とし、これに推論の諸法則を扱うトピカないし定義や分類を扱う章、探求を扱う論証、および誤った議論のタイプについて論じる誤謬論などの諸章が付随するというものとなっている。

項辞論
アリストテレス『命題論』1-3章、『カテゴリー論』、およびポルフュリオス『アリストテレス、カテゴリー論への序論』などを扱う部分が中世論理学の展開において命題を構成する諸項辞の諸性質(proprietates terminorum)を扱う部分として再編成されて成った部分。中世においては主として表示と代表(suppositio)という二つの性質が扱われ、前者については表示の仕方の区別に応じる諸項辞の分類が扱われた。例えばものを表示する「第一志向の項辞」と項辞自体を表示する「第二志向の項辞」との区別や、それと関連した10のカテゴリーや類、種などの普遍が扱われた。近世においてはこのうち代表論が切り捨てられ、諸項辞の分類は名称(nomen,name)の分類として扱われるようになった。
さらに論理学を(正しい)思考の法則と理解する近世哲学に見られる立場からは、概念こそが論理学の対象の最小単位であるとされたため、本部分では、項辞ないし名称というよりは概念が主題となり、その外延と内包の区別がまずされたうえで、名称の分類は諸概念の分類として把握され直すこととなった。したがって、この立場ではこの部分は「概念論」と呼ばれる。

命題論(propositio)
アリストテレス『命題論』4章以下に端を発する部分であり、命題の主語項と述語項からなる構造、命題の質(肯定・否定)、量(全称・特称等)およびこれの組み合わせによる4種(A=全称肯定・I=特称肯定・E=全称否定・O=特称否定)の定言命題間の〈対当〉関係、さらには、複数の定言命題を接続させてできる仮言命題、可能・不可能や必然・偶然といった様相さらにはこれに過去や未来という時制が加わった様相命題などの基本的性質が扱われてきた。
近世においては、様相命題は省略されることが多く、またスッポシシティオ論が項辞論から落ちたことと関連して、ここで主語項および述語項の、〈周延〉についても論じられるようになった。
論理学を思考の法則にかかわるものと看做す近世の立場からは、命題は「判断」と捉えられるため、この部分は「判断論」と呼ばれる。

推理論
ある単数ないし複数の命題を前提として、そこから推論によって結論を導く仕方を扱う部分であって、アリストテレス『分析論前書』を端緒とする。一つの命題(前件)から別の結論(後件)を導く直接推理と、2つ(以上)の命題を前提(大前提および小前提)とする間接推理とに分類される。

直接推理には、〈対当〉関係によるものに加えて、前件と質の異なる後件を導く〈換質〉(例えば「あるSはPである」から「あるSは非Pではない」を導く)、前件の主語と述語を入れ換えた内容の後件を導く〈換位〉(例えば「あるSはPである」から「あるPはSである」を導く)、および両者を併せ行う〈換質換位〉があり、4種の定言命題のそれぞれからは、どれほどの直接推理が可能かが形式的に論じられる。

間接推理はいわゆる三段論法であって、ここでは形式的に可能な推理の種類を格と式に従って分類し、かつ正しい推理が備えているべき形式に関する法則が論じられる。アリストテレスおよび中世では、様相命題を前提とする推理も扱われていたが、近代の論理学教科書では、その部分は落とされることが多い。

論証(demonstratio)
 近代では次のトピカと併せて方法論ないし統整論などとして扱われるようになった部分。アリストテレス『分析論後書』に由来する部分で、12世紀後半以降西欧の論理学に取り入れられ、本来は探求の方法を扱うものであったが、知識を結果する推論を扱う部分とされるなどし、問題となる命題の真偽を確定するための根拠を提供することとしての論証の諸様態が論じられる部分となり、演繹法と帰納法などが取り上げられる部分につながっていると思われる。

トピカ(topica)
アリストテレス『トピカ』に由来して、議論ないし推論の進め方に関する諸規則、ないし立論の根拠となる観点を整理する部分。『トピカ』が西欧に知られる前には、ボエティウスのトピカ論、定義論、分類論などが、推理論に続いて扱われていた名残りもとどめている。また、中世では、前件から後件を導出する帰結(consequentia)のあり方に関する規則を扱う部分とされたこともある。

誤謬論
〈虚偽論〉ともいう。誤った推論の誤りの性格を分類しつつ論じるもので、アリストテレス『詭弁論駁論』が西欧に知られるようになった12世紀後半以降、西欧の論理学体系のなかで位置を占めるようになり、さらに内容の拡充が行われて近代に至った。−> 誤謬論の内容


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