誤謬論 de fallaciis
伝統的論理学の一部門であって、誤った推論の誤りの性格を分類しつつ明らかにしようとするもの。アリストテレス『詭弁論駁論』(Sophistici Elenchi)に遡源し、これが西欧に知られるようになった12世後半以降伝統的論理学のなかで研究されるようになった。「虚偽論」ともいう。
推論の誤りは、元来は形式上の誤りである<誤謬推理ないし論過paralogismus>(正しい推論がみたしているべき形式上の条件を満たしていない、つまり規則に違反した推理)と、内容上の誤りである<詭弁ないし狭義の虚偽sophismus>に大別され、さらに後者は<言語上の誤謬fallacia dictionis>と<言語外の誤謬fallacia extra dictionis>に分類されて、説明されていた。誤謬推理と詭弁とを論証に関するものとしてまとめた上で、これに定義および分類に関する誤りを加えて、<統整法上の誤謬>として概括することもある。
統整法上の誤謬のほかに、近代では<研究法に関する誤謬>が挙げられるようになった。これには観察に関するものと記述に関するものとが区別される。前者は観察すべきものを観察しない、ないしは誤った観察をするものであって、ことに観察者の偏見によるものとして、 F.ベーコンの4つのイドラが挙げられることもある。記述ないし説明に関する誤謬としては、
一部の事実を観察しただけで直ちにこれを一般的事実と看做すもの(軽率な概括hasty generalisation)や、
事実の生起の前後関係を観察しただけで直ちにこれを因果関係と看做すもの(前後即因果の誤謬post hoc,ergo propter hoc)や、
さらに無用の仮説、内部に矛盾を含む仮説、事実に反する仮説等を立てる、仮説に関する誤謬が挙げられる。
上記のうち、誤謬論の原型を構成する、詭弁の分類と内容はほぼ以下の通り。
I. 言語上の誤謬とは、語ないし文章(命題)の解釈に複数の可能性があるために生じるものであって、次のようなものが含まれる。
- 語義曖昧による誤謬fallacia aequivocationis; equivocatio 同一の語(項辞)が複数の意味で使用されるために生じる論証の誤り。
- 文意曖昧による誤謬fallacia ambiguitatis; amphibolia 文章の構造が不明確で複数の解釈がありえることに由来する誤り。
- 結合による誤謬fallacia compositionis 文章中の諸語を分けて理解するべきところを、結合させて理解するために誤りが生じる場合。例えば「[歩き]、かつ[座ることができる]」を「[歩きかつ座ること]ができる」とするなど。
- 分離による誤謬fallacia divisionis (3)とは逆の誤り。例えば「5は2と3である」から「5は2である、(かつ5は3である)」とするなど。
- 抑揚による誤謬fallacia accentus 文中の語のアクセントとを変えることによって意味を変えてしまうことによって生じる誤り。
- 語形に由来する誤謬fallacia figurae dictionis 言語表現上の形式が同じことから、内容的にも同類であるとしてしまう誤り。
II. 言語外の誤謬とは、論証の実質的内容(資料)に関するものであって、これには次のようなものがある。
- 偶有性(付帯性)による誤謬fallacia accidentis いかなる属性も事物とその偶有性とに、同様に帰属するとすることに由来する誤り。
- 偶然の誤謬fallacia secundum quid et simpliciter
ある事物について特定の観点のもとで語られた表現を、その事物について端的に語られたものと解することによる誤り。
- 論点相違ignorantia(ignoratio) elenchi は、論証しようとしている事柄と実際に論じている事柄とがずれていて、論証としての効力をもたない誤りであって、以下のようなものがある。
- 論点変更mutatio elenchi 故意にせよ意図せずにせよ、論証しようとしていることからずれた論点にすすむ。
- 感情に訴える誤謬 議論の論理によってではなく人の感情に訴えて結論を認めさせようとする。
- 人に訴える論証argumentum ad hominum 相手の人柄や品行などを非難ないし賞賛することによって議論をそらせる。
- 衆人に訴える論証argumentum ad populum>(人々を扇動することによって、自らの主張に賛成させようとする)、
- 尊崇の情に訴える論証argumentum ad verecundiam 論理的議論ではなく、ただ人々が尊崇する権威者の言葉や著書を典拠にして自説を正当化しようとする。
- 無知に訴える論証argumentum ad ignorantiam ある結論が否定可能であるとは論証できないことを利用して、その結論を正当化しようとする。
- 威力に訴える論証argumentum ad baculum 他人を脅迫し、暴力に訴えるなどして自説を認めさせようとする。
- (論証不足non sequitur 提示された根拠からは当該の結論を導出することができない場合のことであって、これを論点相違のひとつとする考えもある。)
- 論点先取assumptio non probata 論証に先立って、その前提とすることが不当な前提を立てる場合。
- 不当仮定hysteron proteron 論証を経たうえで認められる
べきものを前提として立ててしまう誤り。
- 先決問題要求petitio principii 証明を要する一般的原理を証明なしに前提として立ててしまう。
- 循環論証circulus in probando ある結論をある前提から導出し、その前提自体はその結論を前提とすることによって導出する、というように論証が循環してしまう。
- 帰結の誤謬fallacia consequentis 前件と後件の帰結関係を逆転して考えてしまうことによる誤り。
- 不当理由fallacia propter non causam ut causam
議論の前提ではないことをあたかも前提であるかのごとく立てておいて、帰謬法を使ってその前提を否定する
といった誤り。
- 複問の誤謬fallacia plurium interrogationum ut unius 複数の問いであることに気付かず、一つの問いであるかのごとくに解して答えることに由来する誤り。