倭酋(秀吉)への処置を取り計らうように請う疏(7)
(2003/6/19講読)
あるいは「軍隊を整えて遠征となれば、少なからざる出費が生じるため、国の財政
が窮乏している折柄、どうしてこの(負担)に堪えることができようか?」と、申す
者もございましょう。(しかし)わたくし(許孚遠)は(以下のように)考えており
ます。山東・浙江・南直隷〔*現、江蘇省〕・福建・広東(の各省)においては、倭
寇防備に要する軍事費が毎年200万両を下りません。これが10年積み重なれば、2000
万両にも達し、また30年・50年ともなれば、その費用は天井知らずとなりましょう。
今、(日本を)征討するために必要な費用は、(この軍事費の)1年分(である200
万両)以下でも十分こと足ります。もし倭奴を平定したあかつきには、海防活動に一
息つくことができ、毎年各地で賦課徴収していた軍事費は、労せずして半減すること
ができるでしょう。ひとたび苦労するだけで、とこしえの安逸を享受し、わずかな努
力で多大な成果を上げることができるのです。このような(日本征討計画)は、いま
だかつてないほどの(素晴らしい)企てであると言えましょう。わたくし(許孚遠)
はまた、元の世祖〔*フビライ〕が、かつて水軍をもって倭を討伐しようとしたとこ
ろ、10万もの兵を五龍山〔*五島列島。ただし実際は鷹島〕にて溺死させた、と聞い
ております。論者は、常にこれを口実として(日本征討の不可を唱えております)。
(しかし)わたくし(許孚遠)がひそかに思いますに、(元の)世祖は雄者であった
とはいえ、しょせんはモンゴル人〔*「虜人」〕であり、海上の情勢には暗かったの
であります。当時の将帥は、きっとモンゴルの官人〔*「達官」〕が多かったので
しょう。彼らは波濤(の越え方)を習熟せず、風浪の知識もない者であったため、海
上に乗り出すや否や、たちまち転覆して溺れ死んだのであります。(これでは)100
万の兵がいたところで、何の役に立つことでしょう。今、東南〔*江南〕の水軍を用
いれば、決して(元代の時のようには)ならず、必ず風波に習熟しているため、時に
乗じて(日本へ)攻め行っても、転覆の心配はないでしょう。試みに見ますところ、
沿海の商民で各国に商売する者(のうち、帰還に失敗する者の比率は)100分の1を
下回ります。このため元代の事は、今日においては参考とすべきものではないので
す。世間では倭人を恐れ彼らが来寇することを憂慮し、ただただカビの生えた議論を
行って、(日本へ)攻め入ることを躊躇しております。このことが原因で、倭酋(秀
吉)は我々を威嚇して要求を勝ち取ろうとしております。防禦の策と攻撃の謀をとも
ども行うことが、倭軍の来寇を憂えず(また)(日本)遠征をも統御できる、という
ことを理解すれば、彼らが狡猾な詐術を連発しても、これに対処する兵員は存在しな
いでしょう。志書にいうところの、「まずはハッタリをカマせば現実は後から付いて
くる」〔*「先声後実」。『史記』淮陰侯〕、または「戦わずして廟堂に勝利を占
う」〔*「未戦而廟算勝者」〕というのは、まさにこれなのであります。もちろん、
兵部の経略・総督の諸臣が、この時勢の難局にあたり、やむをえず臨機応変の懐柔策
をとっていることを、わたくし(許孚遠)はよく承知しておりますので、どうして
軽々しく異論を唱えて議論をかきみだすことをいたしましょうか。ただ、倭奴の情勢
を偵察するとあのような有様ですし、(倭に対する)防禦の時宜を審査すればまたか
くのごとしです。冊封と通貢(を許すこと)は利益が無く、冊封と通貢(を許さ)な
くても害が無いことを、(わたくし許孚遠は)痛感しております。(よって、わたく
しめの)愚鈍な忠誠心を敢えて晒しつつも、恐れながら朝廷の議論に翼賛した次第な
のであります。ただただ陛下が奮然と御裁決なされ、実行に至ることを願うのみであ
ります。広東のマカオのポルトガル人が、(日本へ)往来して(倭人に物資を)供給
していることは、根拠のある事実です。願わくば、両広〔*広東・広西〕の総督軍門
に勅を出され、法律を設けて(ポルトガル人の活動を)禁じてください。(また)浙
江・福建・広東の三省に居住している倭国の人に対しては、(居住)年数の長短や罪
の有無に関係なく、ただ(日本へ)帰る意志があれば、詔を発して、(日本へ)向か
う船に便乗させ帰国させてください。そうすれば(倭人の)恭順(の有無)が明らか
となり、華夷の(間における)防禦も定まり、天下の人心もみな爽やかなものとなる
でしょう。社稷の生霊が久しく安らかになってとこしえに治まる計らいも、またこの
(方策)に従えばかなうのであります。(なお)許豫が齎した伊集院幸侃からの贈答
品である鎧甲等の物件は、(福建)布政司に発送し、(布政司の)倉庫に貯えており
ます。これ以外の案件、すなわち「日本情勢を偵察しましたところ、確かな情報を得
ました。(また)かねて朝廷の議論を拝見いたしましたところ、紛糾しておりますゆ
え、懇ろに陛下の御裁可を乞い、取るべき方針を審議して定めた上で内外に詔を発せ
られ、狂酋(秀吉)を殲滅してください。(それによって)世上の人心を晴れさせ、
とこしえの平和を図ってください」ということに関しましては、いまだ敢えて独断専
行しておりません。このために題本を調え、承差の藍容を遣わし(北京へ)齎しま
す。謹んで題奏いたしますゆえ、陛下の御命令を待ち申し上げます。
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