2001/3/21

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8:30
宿を出て、天降神社に立ち寄り、それから資料館に向う。2階の展示室を再び見学。縄文〜古墳時代の遺物。羽指文書(寛政一二年幕府の要請 で高田屋嘉兵衛の船で蝦夷地に捕鯨調査にいった的山浦の羽指の書状)、近代の教科 書、民具類などの展示がある。
 
9:30
米村氏と再び的山方面に向かう。途中、壱岐島がみえる場所に寄るが、春 霞で見えず。北川の入江に面した大根坂には中世末期の六地蔵塔など三基の石塔があ るという。また同じく西宇戸には、高麗島伝説で沈んだ島の末裔が来住したという伝 承があるらしい。
的山浦の背後の五条寺石塔群に着く。中世の石塔あり。旧字名の五条寺はかつてこの 辺りにあったという寺院にちなむ。さらに山王神社(延宝八年に平戸出身の長崎商人 湊屋又左衛門が寄進した渡来仏を山王権現としてまつる)など、的山浦周辺の神社を 巡る。
 
10:50
米村氏と別れ、的山浦発のフェリーで出航。浦の東にそびえる天道山に は、山頂に石塁と岩陰祭祀遺跡という。また湾の西端に突き出た曲り鼻と呼ばれる砂 堆には、墓跡らしい遺跡があるらしい。船は的山湾を出てオオコ(キヘン+男)島の 外海を通過する。オオコ島の島影には、湾に近いほうから順に、「海賊ヶ浦・当時ヶ 浦、大浦」の三つの小浦がある。「当時」は「唐人」か?(米谷説)。
 
11:35
平戸着。桟橋前の食堂「なんばん」で昼食(ちゃんぽん)。その後、米 谷は松浦史料博物館へ、藤田は市街地の史跡探索に出かける(延命院の井戸、六角井 戸の後にまつられている石塔(部分)に、中世のもの(大石一久氏がいう関西式石 塔)があった。)
 
14:15
米谷氏とターミナルで落ち合い、バスで平戸を離れる。
[藤田明良]

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