2001/3/18
8時20分
- 小値賀歴史民俗資料館学芸員の塚原博氏が港に一行を案内するため旅館に到着。
-
8時28分
- 小西旅館出発。資料館の魚屋優子氏が野崎島への案内役を勤めてくださる。当町の文化財調査委員の山崎氏と他の1人が同行される。
-
8時33分
- 塚原氏の見送るなか、13人乗りの漁船、友弘丸(船長は魚屋氏の夫君)で小値賀港を出港、野崎島に向かう。波は静かであったが、防波堤を出て沖合いに達すると、舳先にぶつっかて砕ける波が船縁を濡らし、船の中央部に身を寄せる。島の真中辺に建つ野首の教会が視野に入って、まもなく船着場に着く。
-
9時05分
- 野崎島に上陸。船着場に人影はなく、島民は神主一家3人のみという。彼等もまもなく島を離れる由。同島からは13世紀の中国陶磁器が出土している、との藤田さんの説明があった。船着場の近くに井戸があり、その傍らに15世紀ころと思われる宝篋印塔が叢の中にある。藤田さんによると、関西から将来のものとのこと。その脇に古びた小屋があり、中を確認する(私は未見のため、これ以上は書けず)。野崎島には、かくれキリシタンの流れをくむ集落が二つ(船森・野首)あり、その子孫であるキリスト教信者たちは昭和40年代には島を去ったという。
-
9時18分
- ワイルドパークの道を通って野首の教会に向かう。途中に鹿を見る。4〜500頭が棲息し、鹿に食べられて枯死した木々が多く見られた。教職員宿舎であった建物はまだ使用できるかもしれない。
-
9時46分
- 自然学塾村に着く。夏季には旧小学校を合宿所として利用しており、グランドにはキャンプ用の台座がいくつも置かれている。来年度(平成13年)からは、専任のスタッフが一人自然学塾村に配置されて、同島に常住する由。
-
10時00分
- 旧小学校の背後に建つ野首の天主堂に着く。天主堂の扉を開け、窓の鎧板が開かれると、シンプルな装いのステンドガラスが光に映えて美しい。天主堂は、明治41年(1908)に鉄川与助氏の設計で建てられた。三廊式平面で教会堂の中央と内陣部床に寄木張りがあり、左側面奥に突出した香部屋がある。会堂内部は正方形に近い矩形であり、主廊部・側廊部は漆喰仕上げ4部割リヴ・ヴォール天井であり、旧鯛ノ浦と同じ構成である。鉄川氏の最初のレンガ造りの教会であり、木造からレンガ造りへの移行期の遺構として貴重である。鉄川氏のお孫さんによる復元修理後の平成1年(1989)春に長崎県指定の文化財となった。天主堂と旧小学校の裏には最盛期には、100戸あまりの家があって200人くらいの信者が居住していたという。建物は今はなく、石で仕切られた遺構があるにすぎない。
-
11時00分
- 天主堂を後にして、小値賀島に面した島裏にある船着場に向かう。途中でダムを見る。海底に敷設した水道管で小値賀島に送水しているとのこと。船着場の近くに放置されたキリスト教の墓地を確認する。信者が集団離島した昭和40〜41年以降に同地を訪れる者がいなかったかのようである。墓石は多くは倒れ草生していた。
-
11時25分
- 波が少し高く、20分ほどかけて船が桟橋に着けられた後、島を離れる。
-
11時55分
- 小値賀港に帰り着く。
-
12時00分
- 資料館で昼食をとる。同館に展示の小田氏の関係史料を見る。小田家2代の伝兵衛重利が捕鯨業の傍ら、新田開発に乗り出し(元禄年間〜正徳4年)、野崎島の野首においても新田を開いていたことを知る。また、魚屋氏より野首のキリスト教徒の集団離島と離島間じかの野崎島の島民を写した映像を見せていただく。
-
13時40分
- 小値賀を野母商船で出港し、生月に向かう。
-
14時12分
- 宇久港に寄港し、同22分に出港。この間、13時37分より14時07分まで、米谷さんの講話・話題提供(松浦氏の天正年間における暹羅宛書状について)、14時37分から15時20分まで小宮さんの講話(平戸松浦史料館文書について)があった。
-
15時39分
- 生月港に着く。博物館に向かう途中で、千人塚に寄る。これは、正保2年、松浦藩が壱岐の熊沢作右衛門に命じて生月の山田・館浦のキリシタンを捕らえ、館浦白浜で処刑したため、生月の住民たちが彼等をこの地に葬り、1本の松の木を植えたことに由来するという。鳥居を昇ると、石碑と松の木があり、さらに進むと、比売神社御分霊と彫られた石塔がある。
-
16時00分
- 生月博物館(島の館)到着。学芸員の中園成生氏より、捕鯨についての説明を聞きながら,よく構成された展示を見る。館内の1階には、豊富な捕鯨史料が生月の捕鯨業を中心に展開されている。二階には、かくれキリシタンの資料と納戸神を祀った部屋が移築されており、特に納戸部屋は一見に値する(〜17時10分)。
-
17時50分
- 平戸の宿舎、スカイシー・ホテルに着く。劉さん福岡より戻り一行に合流する。
-
18時20分
- 夕食のため市街に出る。
-
20時08分
- 劉さんの講話ーー松浦史料館所蔵の「龍牌について」(〜20時36分)
-
20時37分
- 李さんの倭寇論についての異見披露(〜20時47分)。のち、22時45分まで劉さん提供の史料を中心に意見を交わす。
[五野井隆史]
Menu
Home