内閣文庫朝鮮古地図管見記(完成版)


6月4日(月)=橋本の予備調査、6月19日(火)午前、東京大学大学院人文
社会系研究科ロナルド=トビ教授ゼミの一環として、内閣文庫に朝鮮図の調査
に赴く。本稿はその簡単な覚である。
ことの発端は、トビ-ゼミにおいて、トビ先生の先輩に当たるGari Ledyard氏
の論文 "Cartography in Korea" を橋本が担当して内容紹介・書評したこと。
その論文に写真が掲載引用されていた内閣文庫蔵「朝鮮国絵図」という古地図
を見に行こう、というのが始まり。だが、どうせなら、内閣文庫にある朝鮮図
(ただし古地図に限る)を総ざらいすることにしよう、ということでサーヴェ
イしたのが以下の記録である。

目当ての地図は、Ledyard論文所引の「朝鮮国絵図」であるが、残念ながら国
立公文書館のwebsite上の検索ではヒットしない。結論からいえば、漢籍の分
類の、
●1)「朝鮮図」〔請求番号:史199−4〕
がそれに当たる(外題が「朝鮮国絵図」であり、Ledyard氏はこちらの題名を
使用)。
本図のなかの釜山草梁倭館が「館」としか書かれておらず、明らかに江戸時代
(後期?)の日本人の手になる写本かと思われる。
図の右上に朱印「秘閣図書之章」(甲種)、右下に朱印「秘閣図書之章」(丙
種)が押してあるので、紅葉山文庫本ないし明治期新収本と判明するが、後述
する理由により、前者であろうと思われる。
★Ledyard氏は、この内閣本を、1454年の朝鮮国王世祖による全行政区画地図
化命令(結局実現はしなかった)をきっかけに、梁誠之によって1463年作られ
国王に献上された、全国図の写本(の系統)であろう、としている(その図
は、鄭陟「八道図」(現存図なし)の系統と言われている)。いずれにして
も、この内閣本「朝鮮国図」が鄭陟―梁誠之系の朝鮮八道図の系統かどうか確
証はなく(ただしその可能性は極めて高いと考えられる)、今後の精査を俟つ
ばかりである。

次ぎに、上掲1)「朝鮮図」とほぼそっくりな模写本と思われる物が、
●2)「朝鮮国図」〔請求番号:178−449〕
である。「大学蔵書」「地誌備用図籍之記」などの印が捺されており、昌平坂
学問所から内務省地理局へ入った物と分かる。
また、彩色の鮮やかさや紙の薄さなどから、明らかに1)「朝鮮図」よりも新
しいもの(後の写本)である。この図がもともと昌平坂にあったことから考え
て、1)「朝鮮図」が幕府関係機関に存在したことはほぼ間違いなかろう。
よって、1)の原所在を幕府関係機関たる紅葉山文庫とし、さらに1)→2)
の模本系統を想定したい。


また、冒頭に触れた「朝鮮図」と同系統ながら、やや異なった模本として、
●3)「朝鮮八道図」〔請求番号:177−0211〕
がある。大和絵風の色づけで、色鮮やかな "絵地図" である。
これも基本的には1)・2)の写本、つまり同系統のものと思われるが、おそ
らく近代初頭の写で、2)よりもだいぶ年代は下るだろう。その根拠は、第1
に1)・2)の朝鮮図には描き込まれていた対馬が描かれなくなったこと(朝
鮮古地図に対馬が慶尚道に属するように描かれているのは常識)、第2に「在
清国日本公使館所蔵記」印が捺されており、おそらく外務省が朝鮮侵略・経営
を進める過程で(実際的な意味はないにせよ)必要に応じて作ったであろうこ
と、である。

さらに、同様な絵地図として、
●4)「朝鮮国図」〔請求番号:178−446〕
もある。「浅草文庫」印および「日本政府図書」印が捺されている。
言うまでもなく、明治7年官立公開図書館浅草文庫旧蔵本であり、その後、内
務省を経て内閣文庫に入ったものである。

このほかの、まったく別系統の絵地図的な地図が存在する。
●5)「朝鮮国地図」(外題「亜細亜大洲辰旦属朝鮮輿地図」)
    〔請求番号:177−0001第201冊〕
●6)「朝鮮輿地図」(外題「朝鮮輿地」、
   内題「亜細亜大洲之裏陸朝鮮国絵図」)
    〔請求番号:同上、第200冊〕
である。2つは相似ているが、後者の方が書誌的情報を詳しく載せる。
長崎の僧の所持地図の写しである由だ(宝暦5年11月20日写)。
ただし地図の中味は初歩的な誤りが多く、いわゆる「粗末な」地図であること
は否めない。もちろんそれだけに、作成者の意図がよく分かる、地図の脱構築
を練習する良い材料と言えるかもしれない。

 〔以上、文責:橋本 雄〕

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