『史学雑誌』新刊紹介
田中英夫(編)『英米法辞典』
          東京大学出版会 一九九一・五刊   菊判 一七+一〇二五頁 一五四五〇円

 東京大学出版会からでたこの新しい辞典は、旧有斐閣版の『英米法辞典』(一九五二)の全面改定版という意味もある。だが、時代の移り変わりを反映して、旧版の執筆者のうち今回も関与しているのは田中英夫氏一人だけのようだし、アメリカ法の比重がぐっと増して、項目も多くは一新され、版面も見やすくなった。これには辞典印刷に習熟している研究社印刷の全面的協力があったようだ。おおむね好評に迎えられているようで、英米の法律実務をあつかう人、法制史をテーマとする人だけでなく、歴史一般を注意深くあつかいたい人には必携の参考図書ということになろう。まずは年来予告されていた集団的編集の完成を喜びたい。だが、無条件に慶賀するわけにはゆかないこともある。卒読のかぎりで気づいたことを記してみよう。

 旧版には carnal, penetration, rape といった性犯罪にかかわる説明に、どうかと思われる(男権的?)叙述があったが、これらは新版ではことに即した記述にかえられるか、削除されている。かわって、旧版にはなかった sex discrimination, sexual assault, sexual harassment, women's right などの項目がみえる。これも時代の変遷か。そもそも四〇年前には編集委員(七名)も執筆者(二六名)も男だけだったのが、今回は五二名の執筆陣のうちに女性が四名くわわっている。

 新しい版の弱点といえば、歴史的説明の薄弱さである。治安判事(justice of the peace)の項は「非法律家から任命されるパート・タイムの裁判官で、軽微な事件の処理に当たる」という説明から始まるが、これでは権威のないことおびただしく、旧版のほうがよかった。また、その任免にかかわる lord lieutenant(州長官、州総監)は独立の項のたてられないまま、custos rotulorum(筆頭治安判事)の項で一言ふれられるにとどまる(この点は旧版を踏襲している)。Sheriff(州奉行)が独立してあつかわれていることと対比しても、落ち着かない。

 会議、法の制定を意味する assize は英米法のもっとも基本的なタームの一つであるが、これが assizes となると、法制においても地域の統治においても決定的に重要な「巡回裁判/法廷」のことである。しかし、この語は旧版でも新版でも、なぜか assize という形であつかわれている(見出しでも文中でも)。イギリスで出ている法律辞典も英語辞典も明記しているように、この語はつねに s を付けた形で用いられねばならない。また、せっかくの見やすい版面なのに誤植が少なくないのは残念だ。付録の「イギリス国王」一覧表に、Oliver Cromwell, Richard Cromwell があがっているのには目の覚める(!)思いがする。
                               (近藤 和彦)