『史学雑誌』新刊紹介(1990年8月)

中央大学図書館(編)『ジェレミー・ベンサム 著作解題目録』
中央大学図書館  一九八九・一〇刊 A5  一九八頁

近藤和彦


 本書のタイトルは正しくは
 A Bibliographical Catalogue of the Works of Jeremy  Bentham
であり、表記したのは奥付の日本語題目による。本文は「目録刊行にあたって」という図書館長による簡単な趣旨説明以外は、すべて英語である。

 一八八五(明治一八)年に英吉利法律学校として設立された中央大学は、その百年記念に、四年間かけてベンサム(一七四八−一八三二)の著作を蒐集し、従来からの蔵書とあわせて充実したコレクションを形成した。そのうちには編者たちのいう「『パノプティコン』の真の初版本」(一七九一年のダブリン版)もふくまれる。

 この著作目録が意義深いのは、英国図書館(BL)、ロンドン大学のユニヴァーシティ・カレッジ図書館(UCL)、オクスフォード大学のボドリアン図書館(Bod)での調査をふまえ、さらにロンドン大学のゴールドスミス文庫(GL)との対照もくわえた、書誌学的に厳密で包括的なリストだからである。(ゴールドスミス文庫はマイクロフィルムがあって日本でも容易に利用できる。)

 このうちユニヴァーシティ・カレッジは、ベンサム研究にとって特別の意味がある。というのは、そこにベンサム関係の刊本・文書が豊富に所蔵されているからだけではない。ユニヴァーシティ・カレッジは一八二六年にブルーム、ミル、ベンサムたちの尽力によって非国教徒に高等教育の門を開くために創立されたが、二年後に国教会の創立したキングズ・カレッジと合わせて、一八三六年には「すべての宗派と階級に差別なく、正規のそして自由な教育を遂行せしめる」ロンドン大学ができた。それ以来、功利主義ないしブルジョワ諸学の中核の一つである。幕末・明治の多くの日本人がここで学んだことは有名であろう。その古典様式の本館の真中にベンサム本人の着衣の骸骨が展示されていることは、それほど知られてないかもしれない。

 「反穀物法同盟」にくわわり、中国大使もつとめたJ・バウリングはベンサムの遺言執行人であるが、その彼の監修によるベンサム著作集(一八四三年)が本書では Works、現在オクスフォードから刊行中の全集(一九七〇年〜)が Collected Works、とイタリックスで表記されていながら、他の書簡集とか人名辞典DNBをはじめとする刊本や定期刊行物は立体(ローマン)で示されるというように、形式的疑問は残る。それにしても細心の調査にもとづく書誌目録である。

 二重革命の時代のブルジョワ思想をさらに体系的に研究するためにも、また最近盛んに論じられる法・犯罪・生活を貫く「規律化」論の正否を検証するためにも、本書はよき手引きとなるであろう。目録作成にあたられた池田貞夫、音無通宏、重森臣広の三氏の労をたたえたい。

(c) 1990/2000 近藤和彦