松村一登
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
[ 発表原稿 ]
エストニア語の標準文法で名詞の格とされている14の形式のうち,6つの形式―入格(illative)・内格(inessive)・出格(elative)・向格(allative)・接格(adessive)・奪格(ablative)―は,「場所格」(local cases)と呼ばれ,その基本的な機能は,次のような図式によって説明される。
[内部格] [外部格] [目標格] 入格 向格 「〜の中へ」 「〜の上へ」 [位置格] 内格 接格 「〜の中で」 「〜の上で」 [起点格] 出格 奪格 「〜の中から」 「〜の上から」
6つの場所格の相互の意味的関係を,2系列〈内部格(internal local cases)/外部格(external local cases)〉・3項目〈目標(goal)/位置(location)/起点 (source)〉の図式に整理することは,人間の場所関係を認識する様式が比較的忠実に言語形式に反映されているとみなすことであり,エストニア語の場所格の体系の標準的な説明となっている。
しかし,この一見妥当な場所格の体系の解釈が,問題の形式の実際の用法の記述として必ずしも妥当とはいえないことを示す証拠がある。第1に,外部格は,その使用頻度が,内部格に比べてきわだって低く,これは,外部格と内部格の意味・用法の並行性という前提が自明のものではないことを示唆する。第2に,いずれの場所格形式も,図式から外れる意味・用法を持っているが,外部格の場合,それらの用法の方が頻度的に優勢である。
本研究発表では,書きことばのコーパスから取り出した出格と奪格の用例によってこのことを具体的に明らかにし,出格と奪格の意味・用法のより適切な記述方法を検討した。