中東の民主化と政治改革の展望

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現在オマーンを統治しているのは、18世紀中頃に勃興したブー・サイード王朝で、現スルターン、カーブース(r. 1970-)は直系8代目に数えられる。1970年まで約1世紀にわたって事実上鎖国状態にあったオマーンは、カーブースが宮廷クーデタによって政権の座に就いて以来、近代化政策を推し進めてきた。彼は即位後すぐに近代的政府の早急な確立の意思を表明、まず内閣改造に着手し、省庁を大幅に増設した。だがイギリスへの依存を減らし、アラブ諸国との連帯を強化する一方で、実際の政体はスルターンを頂点とする専制君主制で、カーブースが首相、外相、財務相、国防相のほか、国軍最高司令官、中央銀行総裁を兼任している。その下に副首相および省庁大臣が置かれ、閣僚が「閣僚評議会」を構成し、さらにその下に関係省庁で構成される「各種評議会」が置かれている(閣僚メンバーリスト:英語訳日本語訳)。現在の政治体制は、1996年に制定された国家基本法(憲法に相当。アラビア語全文英語訳全文:ただし非公式訳)に規定されている。第11条では、「スルターンは国家元首および国軍最高司令官である。彼の人格は不可侵かつ尊敬されるべきであり、彼の命令には絶対服従である。スルターンは国家統一ならびにその守護者、擁護者の象徴である」と明記されている。

他のGCC諸国の首長と異なり、実子のいないカーブースは後継者を指名しておらず(皇太子不在)、次期スルターンはカーブースの死後、決定されることになっている。国家基本法によれば、スルターンの死後3日以内に王族評議会で後継者が決定される。合意に至らない場合は、スルターンが王族評議会に宛てた親書で指名した者が王位を継承する。その際は、国防意表議会が、国家評議会議長、諮問評議会議長、最高裁判所長官および2人の副長官とともに確認することが、2011年10月に改正された国家基本法によって定められた。

オマーンの王族は、統治王族のサイード家(アール=サイード)と傍系である一般王族のブー・サイード族(アル=ブー・サイード)に分かれる。GCC諸国内の他の王族と比べるとサイード家の規模は小さく、男性は100人にも満たない。2012年5月現在の閣僚評議会メンバー30人のうち、王族は8人(統治王族2人、一般王族6人)で、全体の28%である。この割合が他の部族と比べて圧倒的に高いのはいうまでもない。政府は内閣改造ごとに、国民からの不満を考慮し、要職における王族の割合を減らす努力をしているとはいえ、副首相を含むトップ閣僚は、王族(とくに統治王族)によって占められている。 閣僚はスルターンの指名であるが、2011年3月、一連の民衆デモを受け、スルターンは国民の直接選挙によって選出される諮問評議員(以下で詳述)のなかから5名を閣僚に指名した。

議会は、上院にあたる国家評議会(公式ウェブサイト:アラビア語版 、英語版あり )と下院にあたる諮問評議会(公式ウェブサイト:アラビア語版 、英語版あり)による二院制である。オマーン議会法(スルターン勅令1997年86号法)によると、1991年に創設された諮問評議会の責務は、各省庁が起草した社会・経済関係の法案を施行前に検証し、提言をすることである(軍事、治安外交についての発言権はない)。各大臣は担当官庁の職務内容、活動計画、業績に関する報告および質問への回答義務を評議会に対して負っており、その様子はテレビ中継される。また、1997年にはスルターンの任命制をとる国家評議会が創設された。これ以降、諮問評議会と国家評議会による二院制をとっており、両院合わせてオマーン議会と呼ばれている。国家評議会は政府の作成する法案を審議し、スルターンあるいは閣僚に勧告をおこなうことしかできないため、諮問評議会のサポート的機関として認識されている。

国家評議会議員の任期は4年(当初は3年だったが、諮問評議会の任期の延長に伴い国家評議会の任期も延長された)、2012年5月末現在、議員数83人(当初は53人)、うち女性は15人である。諮問評議会の選挙と同時に更新され(2期まで延長可能)、宗派、エスニシティ、部族を配慮した議員構成となっている。国家評議会議員の数は諮問評議会のそれを上回ってはならないとされている。議員は40歳以上のオマーン国民で、元大臣、次官、大使、判事、官僚、大学教員などである。国家評議会議員が諮問評議会の議員になること、および他の公職との兼任は禁止されている(ただし大学教員は除く)。一方、諮問評議会の任期は4年(当初3年だったが2003年より延長)、議員数は84人である。両院創設以来、長らく立法権はなかったが、2011年3月、スルターンはオマーン議会に立法権と行政監視権を付与する勅令を発出するとともに、その実現に向けて国家基本法の改正を策定する専門委員会の設置を発表した。10月19日には国家基本法が一部改正され、議会に法案提出権が実際に付与されたほか、議長1人と副議長2人を独自に選出することも可能となった。

司法制度に関しては、1999年から最高裁判所を頂点とする司法体系が整備された。一般市民にもアクセスが容易になるよう、政府はマスカット以外にも40の裁判所を新設した。検察当局は警察から独立した機関となり、(法務大臣とは別に)法務長官も任命されている。だがすべての上告はスルターンに報告され、法的事項に対するすべての判決はスルターンの名の下に出され、施行される。

なお、1996年11月には憲法に相当する国家基本法が制定されている。また、結社の自由が大幅に制限されているため、政党や労働組合は存在しない。

参照文献

  • Allen, C. Jr. & W. L. Rigsbee, II Oman under Qaboos: From Coup to Constitution, 1970-1996. London: Frank Cass, 2000.
  • Economist Intelligence Unit Country Report: Oman. London: Economist Intelligence Unit (季刊誌).
  • 大川真由子 「オマーンの民主化の展開――諮問評議会・イバード派・部族」 日本国際問題研究所(編)『湾岸アラブと民主主義――イラク戦争後の眺望』 日本評論社、2005年、pp. 185-205.
  • オマーン情報省ホームページ http://www.omanet.om/english/home.asp
  • 近藤洋平 「オマーン議会の動向――制度の現状と第六期(2007-2011)の活動を中心に」『中東研究』no. 510(2010/2011 vol. III)、2011年、pp. 101-111.