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モスクワ出張報告
濱本真実(イスラーム地域研究東京大学拠点研究員)

 概要
  • 出張者:濱本真実(イスラーム地域研究東京大学拠点研究員)
  • 日程:2009年6月21〜26日
  • 用務地:ロシア連邦ロシア共和国(モスクワ)
  • 用務先:ロシア国立図書館・国立モスクワ・クレムリン博物館
 報告
出張者は2009年6月21〜26日にかけて、モスクワで資料調査と国際会議における研究報告をおこなった。資料調査としては、ロシア国立図書館において、18-19世紀ロシアの、タタール人を中心としたイスラーム復興に関連する資料を閲覧し、重要文献については複写した。

国際会議は、ロシア文化省、国立モスクワ・クレムリン博物館、ロシア科学アカデミー世界史研究所の共催で、「14-19世紀前半ロシアにおける国権、エリート、社会:ヨーロッパとアジアの君主国家と帝国の文脈におけるロシア国家Верховная власть, элита и общество в России XIV-первой половины XIX века. Российская монархия в контексте европейских и азиатских монархий и империй」と題して23-25日にモスクワのクレムリンで開催された。

国際会議の題名が示唆するように、今回の会議には、ロシア史に関して多様な興味をもつロシア内外の歴史研究者が集まり、報告者は80名以上に上った。ロシアにおけるロシア史学界においては、本会議の共催機関のひとつである世界史研究所と、ロシア史研究所が対立する関係にあるのだが、本会議には、ロシア史研究所に所属する研究者も参加しており、この会議が全ロシア的な規模でおこなわれたことを示していた。

外国人としては、P. Bushkovich(アメリカ)やM. Perrie(イギリス)といった名の知れた欧米の前近代ロシア史研究者も参加した。出張者は24日午後に、ロシアと東方との関係を論ずるセッションにおいて、「ムスリム上層階級のロシア化とロシア貴族:ナルベコフ家系譜を例としてРуссификация мусульманской верхушки и русская аристократия: На примере родословия Нарбековых」と題する報告をおこない、17世紀のロシア貴族社会における、ロシア正教改宗者に対する寛容な姿勢を指摘した。

同じセッションでは、A. Beliakovが「16-17世紀ロシアにおけるチンギス裔の地位の変化:クレムリンでのタタールのハンと皇子謁見に関する史料に基づいて」と題する報告をおこなった。Beliakovによれば、17世紀になって初めて、タタール人のハンや皇子は、膝をついて謁見するようになったが、この当時まだロシア貴族はこのような謁見をしていなかった。出張者の私見を述べれば、謁見儀式の変化に、モスクワ宮廷におけるタタール人の地位の低下が表れているのは確かだろうが、現時点ではBeliakovの提示するサンプルがあまりに少ない。彼による研究の進展を期待したい。

また、Iu. Seleznevは、「14-15世紀ロシア文献の術語にみるジョチ・ウルスのハンの権力」という報告をおこない、14世紀末から15世紀初頭にかけて、ロシアの年代記がジョチ・ウルスのハンを「ツァーリ」と呼ぶようになっていく過程と、15世紀末のジョチ・ウルス分裂時には、この呼称がアフマド・ハンに使用されていない事実、また、年代記以外の文書にはこの呼称が稀にしか見られないことを明らかにした。

M. Moiseevは、「16世紀ノガイ・オルダにおけるロシア使節の公的な地位に関する問題によせて」と題する報告をおこない、ノガイ・オルダの長がチンギス裔でなかったために、ロシアはノガイ・オルダとの外交儀礼を諸ハン国に比して簡素なものとしており、ノガイ・オルダに赴く使節の成員の身分も高くはなかったことを指摘した。

上記のセッション以外では、イスラーム地域研究プロジェクトに関連するものとして、ウファの研究者R. Rakhimovによる報告「『君主の寵愛の徴』:18世紀-19世紀前半ロシア東南方の非ロシア人上層階級に対する褒賞」があった。この報告は、ロシア政府からバシキール人に対する種々の褒賞が、16世紀のタルハン身分の付与という特殊なものから、17-18世紀の品物、18世紀末以降のメダルと現金へと移り変わっていく様子を明らかにした。

会議終了後に、クレムリン内部でエクスカーションがおこなわれ、一般の人々は訪れることのできない、イヴァン雷帝の鐘楼や、クレムリン宮殿内部が会議参加者に公開された。クレムリン宮殿では、17世紀にツァーリたちが暮らした部屋を実見することもでき、非常に貴重な機会を与えてもらった。