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第17回中央ユーラシア研究会 特別講演会
濱本真実(人間文化研究機構・研究員)

 概要

  • 日時:2009年10月9日(金) 16:30-18:30
  • 会場:東京大学本郷キャンパス法文1号館1階117教室
  • 講演者:セルゲイ・アバシン Sergei Abashin 氏(ロシア科学アカデミー民俗学・人類学研究所上級研究員)
  • 講演題目:「Mustakillik(独立)のイデオロギーと在タシュケント弾圧犠牲者追悼館」 "Ideologiia mustakillik i Muzei pamiati zhertv repressii v Tashkente"

 報告

今回の講演者であるアバシン氏は、近現代中央アジアに関する人類学的・歴史学的著作を近年次々と発表されているロシアの気鋭の研究者である。2009年度、スラブ研究センターに客員研究員として半年ほど滞在されていたところに、講演をお願いした。講演内容は、2008年8月31日に建物まで刷新して再開された、在タシュケント弾圧犠牲者追悼館の展示内容から、現代ウズベキスタンの独立のイデオロギーについて考察するものだった。

氏はまず、ウズベキスタンが1991年にソ連解体に反対したにも関わらず、近年政府が反ソ連的な動向を示していることを指摘し、その原因として中央アジア諸国のエリート層が共通して感じている正統性の欠如を挙げる。そして、彼らが正統性を確立するために、歴史的記憶を作り出す博物館が重要となる、と述べる。

氏によれば、タシュケント市の中心部には、すでに巨大な歴史博物館が存在し、そこでソ連期の弾圧について詳しい展示がなされているにも関わらず、昨年タシュケント市郊外に弾圧の歴史をたどるための大規模な博物館が開館したのは、弾圧という事実が、独立のイデオロギーにおいて重要な位置を占めるからである。

この博物館においては、「帝国」(ソ連期も含む)と「ウズベク民族」が二項対立的に提示され、後者は常に被害者として描写されている。そして、この構図がきわめて一面的な見方によって提示されていたり、あきらかにこの構図に当てはまらない歴史的な事実が完全に無視されていたりする。

それにも関わらず、アバシン氏はこの博物館の展示を非歴史的だと切り捨てるのではなく、大規模な弾圧・粛清の歴史を多くの人々の記憶の中に刻み込む必要性を強調する。そのうえで氏は、ウズベキスタンのエリート層によって、この種の歴史がウズベキスタンとロシア帝国・ソ連との距離を広げ、独立のイデオロギーを強調するために利用されていることを指摘した。

昨年度のNIHU共催講演会(2009/1/20)でライデン大学教授のアターバキー氏がウズベキスタンにおける、歴史を若干ゆがめた形でのナショナルヒストリーの構築過程について述べていたが、今回の講演も、ウズベキスタン共和国の、国民国家創造のための一政策の分析として、非常に興味深いものであった。
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