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第16回中央ユーラシア研究会特別セッション「歌の時代は終わったのか?―中央ユーラシアおよび近隣における口承文芸の歴史的役割」報告
坂井弘紀(和光大学)

 概要

  • 日時:2009年7月18日(土) 13:00-17:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス赤門総合研究棟8階多分野交流演習室(845教室)
  • 報告者:
    • 村山和之(和光大学)「ハーン・ムハンマド・ザラクザイの世界大戦ブラーフイー英雄譚をつむぐ楽士伝統の現在」
    • 菅原純(東京外国語大学AA研)「あるべき歴史と沈黙されるべき歴史−新疆ホタン人の殉教歌謡の示す世界」
    • 丹菊逸治(東京外国語大学AA研)「ニヴフ自身によるニヴフ口頭伝承の再評価」
    • 坂井弘紀(和光大学)「中央アジア・テュルク系英雄叙事詩の運命:過去と現在」

 報告

2009年7月18日土曜日13時から、東京大学本郷キャンパス赤門総合研究棟8階、「多分野交流演習室」(845教室)において、イスラーム地域研究プロジェクトによる第16回中央ユーラシア研究会が開催された。ここでは、この研究会について下記のとおり報告する。

第16回中央ユーラシア研究会は、「特別セッション」と銘打ち、「歌の時代は終わったのか??中央ユーラシアおよび近隣における口承文芸の歴史的役割」と題して行われた。本セッションは、2009年10月にカナダ・トロントで開かれるCESS第10回年次大会パネルに先立ち、国内報告会として、問題点や参考意見、コメントなどを広く寄せていただき、パネルに効果的に活かそうとする意図も合わせて持っていた。

本研究会では、中央アジア(ウズベキスタン、新疆ウイグル自治区)、南アジア(バローチスタン)、ロシア極東地域(ニヴフ)などユーラシア大陸各地の口頭伝承の現状について、具体的な作品やテキストを提示しながら論じられた。以下報告順に、簡単にその内容を示そう。

南アジアを主たるフィールドとして、この地域の叙事詩・伝承を専門とする村山和之(和光大学)は、「ハーン・ムハンマド・ザラクザイの世界大戦:ブラーフイー英雄譚をつむぐ楽士伝統の現在」と題して、現代の生きた伝承の実際について、映像資料なども交え、報告した。

ウイグル近代史とウイグル文化に関する研究を進める菅原純(東京外国語大学AA研)は、「あるべき歴史と沈黙されるべき歴史?新疆ホタン人の殉教歌謡の示す世界」とのタイトルで、歴史的な出来事に基づいた歌謡がどのように人々の間に語られ、あるいは変遷して行ったかを具体的に論じた。

サハリンやロシア極東部の口頭伝承を専門にしている丹菊逸治(和光大学)は、「ニヴフ自身によるニヴフ口頭伝承の再評価」と題し、ニヴフの口頭伝承の特異性を提示しつつ、他の地域との口頭伝承との相違点を明らかにし、その現状について画像を用いながら報告した。

中央アジアの英雄叙事詩を研究する坂井弘紀(和光大学)は、「中央アジア・テュルク系英雄叙事詩の運命:過去と現在」と題して、テュルク世界に広がる英雄叙事詩『アルパミシュ』の中央アジア・ヴァージョンを例に、時代の流れの中でどのように取り扱われてきたかを示した。

本研究会では、口頭伝承が記述、テキスト化されることによって、口頭伝承の話し手が本来持っていたとされる創造性の喪失に関する問題も、共通のテーマの一つとして設定されていた。これは、Albert LordがTHE SINGER OF THE TALES.(1960)において、fixed textの受容が口頭伝承のプロセスを喪失させ、語り手(歌い手)を再創造者(recleator)よりもむしろ再生産者(reproducer)へと変えてしまう問題について、改めて検討する試みでもあった。

本研究会での報告に基づくCESSにおけるパネルは、10月9日に行われ、まずまずの成功を収めたといえよう。しかしながら、本パネルで扱ったテーマは、今後継続していくべきテーマであるとの指摘をフロアから受けたように、一過性の共同研究ではなく、対象地域や個別事例も増やしながら、さらに引き続き議論を深め、発展させていくべきであるとの感を報告者は共有している。それは今後具体的に進められていくであろう。
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