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第11回中央ユーラシア研究会報告 
木村暁(日本学術振興会)

 概要

  • 日時:2008年7月5日(土) 14:00-17:00
  • 会場:東京大学本郷キャンパス法文1号館2階、217教室
  • 報告者:塩谷哲史(東京大学大学院)
  • 「ホラズム地方への諸エスニック集団の流入―19世紀前半コングラト朝政権の性格に関する一考察―」

 報告

第11回中央ユーラシア研究会ポスター(PDF)
中央ユーラシア研究会第11回例会は、ヒヴァ・ハン国史を専門とする塩谷哲史氏が研究報告をおこなった。氏は、コングラト朝ヒヴァ・ハン国治下のホラズム地方への諸エスニック集団の流入という、19世紀前半にとくに顕著となった現象を取り上げ、これについて歴史学的観点から詳細に論じた。

アム川下流水系を基盤として広がるホラズム地方は、クズル・クムおよびカラ・クムという砂漠に周囲を取り囲まれ、地勢的には比較的孤立した農耕オアシス地域として特徴づけられる。18世紀の政治的混乱のなかで地域の統合が著しく損なわれ、灌漑システムも荒廃をこうむったが、同世紀後半から19世紀初頭にかけて徐々に支配権を確立していったコングラト朝政権のもとでさまざまな復興策が講じられたことで、この地域にはある程度の安定が取り戻されることになる。氏の報告は、こうした背景をふまえながら、19世紀前半に展開したホラズム地方へのエスニック集団の流入のプロセスに注目し、依然十分に検討されていないこの現象の契機と経過、およびそれとコングラト朝の政策とのかかわりを明らかにしようとするものであった。

このテーマにかかわる研究のなかでとりわけ重要なのが、中央アジア史研究の第一人者Y. ブレーゲルの著した、ホラズムにおけるトルクメンの歴史に関する専論(1961年刊)である。しかし氏によれば、そこには後代史料の情報の19世紀前半への不用意な援用や、遊牧より定住のほうが発展段階的には上位にあるという先入観など、いくつかの問題がみとめられる。ゆえにこそ年代記や旅行記など同時代史料に依拠して個別事例をあらためて検討しなおし、事実の再構成と再評価をおこなう必要がある、というのが氏のおもな問題意識であったといえる。

具体的な考察は、(1)19世紀前半ホラズム地方への諸エスニック集団の流入、(2)アッラー・クリ・ハンの「聖戦」と移住、(3)灌漑事業の展開、という三つの論点にそって進められた。

(1)に関しては、カラカルパク、カザフ、トルクメン(ヨムート、チョウドル、アリ・エリ、ギョクレンの各部族)、ジャムシーディー、およびイラン系、ロシア系等の「捕虜」という、多様なエスニック集団がコングラト朝の対外遠征の結果、ホラズムに強制移住させられた状況が個別的に確認され、政権が明確な意図をもって彼らの集住・定着と土地開発を推進するとともに、とくにトルクメンの反乱の防止をはかっていた点が指摘された。そのさい、比較的長距離で大規模な移住が集中して観察されるのがアッラー・クリ・ハンの治世(1825-42年)であり、(2)の論点に関しては、シーア派を奉ずるガージャール朝の治下にあるホラーサーン地方へのヒヴァ軍の遠征(「聖戦」と称された)とそこからのシーア派住民の強制移住が検討され、この「聖戦」へのトルクメン諸部族の積極的関与や、これと中央アジアにおけるシーア派奴隷貿易とのかかわりが指摘された。ついで、(3)に関しては、アム川下流における運河開削と灌漑事業が政権のイニシアチブのもと、自然条件の変化にも応じながら諸集団の強制移住と連動するかたちで展開し、かつこの移住・灌漑政策は集団別に実施されていた点が指摘された。

以上の考察を通じて、19世紀前半におけるホラズムへの諸エスニック集団の流入の状況と、これとコングラト朝の政策とのかかわりが具体的に示され、コングラト朝という政治権力の存立にとって、諸集団の強制移住と彼らの担う灌漑事業がきわめて重要な意味をもっていたことが明らかにされた。一連の考察は多類型の史料からのデータの抽出・分析に支えられており、信頼性の高い情報といくつかの新たな知見を提供するたいへん興味深いものであった。

報告後の質疑においては、この報告はたしかに、継続的な対外遠征の実施や、強制移住と土地開発を通じての税収確保に見られるような、軍事と徴税に偏重するコングラト朝政権の姿に光を当ててはいるが、その一方で、たとえば、遊牧民と定住民の相互関係という中央アジア史上の重要テーマに照らしてみた場合、論題にもあるコングラト朝政権の性格はいかなるものとして評価されるのか、という鋭い質問も出された。この問いや、ホラズム地方の特性ないし地域性、すなわち地域の自然地理条件や地政学的条件といった客観的要因との関係性においてコングラト朝政権がいかに性格づけられるのかといった問題については、さらに検討を重ねていく必要があるだろう。報告者の今後の健闘を期待したい。本例会は報告者以下23人の参加者を集め、盛会のうちに終了した。
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